2016年から中国政府は「城壁文化」を廃止へ

さて、住居群を壁で囲って住人以外の出入りを制限する居住区を形成することで困るのは、誰でもが通行でき利用できる一般道の数が少なくなることである。壁や壁代わりの商店で四周を囲った四角い積み木のような居住区をすき間無く敷き詰めた結果、行けども行けども次の道との交差点にたどり着かない町が出来上がってしまったというわけだ。

その中国で2016年、壁で四周を取り囲むスタイルの居住区――中国語では「封閉式小区(フォンビーシーシャオチー)」と呼ぶ――を禁止しようという動きが持ち上がった。

山田泰司『3億人の中国農民工 食いつめものブルース』(日経BP)

提案したのは中国共産党中央と中国政府だ。この年の2月下旬、これから新たに開発する住宅については壁を設けず、居住区の敷地内を通る道路も、クルマと人の往来を自由にさせようというのがその内容。さらに、既にある居住区についても、段階的に壁を取り払って誰でも自由に通り抜けできるようにしていくことを目指すという。

当局が理由として挙げているのは、誰でも通れる一般道を増やすことによる交通渋滞の緩和。なかなか解決の糸口がつかめないPM2.5をはじめとする深刻な大気汚染も、交通渋滞が元凶の一つだから、理由としてはごくまっとうなものだといえる。

壁撤廃の議論は始まったばかり

ただ、中国の庶民は当局の説明を額面通りに受け止めてはいない。当局の真の目的は、土地に課税することにこそあるというのである。

それは、こういうことだ。現在、壁で囲っているがために公共の場所扱いになっている花壇などの公共スペースを、壁を取り払うことで個人に分け与える。そこを私有財産と見なして課税し税収を増やすことにこそ真の目的がある、というわけである。

また、人やクルマの通り抜けを認めることで事故の確率が増すなど、安全が確保されなくなると反対する声も上がっている。

壁撤廃の議論は始まったばかりであり、当面見送りとされたり、強い反発に合って廃案になったりする可能性だってある。ただ、町ごとすっぽり取り囲む城壁は取り壊しても、住居を囲うことだけは頑なに守ってきた中国で、これが撤廃されることになれば、それはやはりエポックメイキングなことだといえるだろう。自分の周囲を囲うことで培い積み上げてきた文化や思想、習慣にも変化が生じるかもしれない。なにより、壁の撤廃により、路地裏や裏通りの文化が中国に出現するかもしれないのだ。