サウジとイランとの対立は、レバノンにも拡大

今後、サウジとイランとの対立は、レバノンにも拡大する様相を呈しています。レバノンは岐阜県程度の面積に人口585万人を有する国で、1943年11月にフランスから独立しました。レバノンはキリスト教とイスラム教の各宗派がモザイクのように混住していることから、宗派主義制度という独自の政治体制が敷かれました。

つまり、1932年の人口統計を基に、18の公認宗派が、人口比率によって、政治的ポストを配分するというものです。例えば、最大の宗派であるマロン派キリスト教から大統領、イスラム教スンニー派から首相、イスラム教シーア派からは国会議長といった具合です。また、国会の議席数も人口比率に応じた配分となっています。

しかしながら、この人口比率は現状では大きく変化しています。例えば、1932年の統計と2012年のCIAの推定では、マロン派キリスト教が28.8%⇒21.0%、イスラム教スンニー派が22.4⇒27.0%、イスラム教シーア派が19.6%⇒27.0%といった具合で、大幅にイスラム教の人口が増加している状況です。

このレバノンは1950~60年代にかけては、観光、金融で経済成長を遂げ、ベイルートは中東のパリと称されるほど繁栄しました。しかしながら、1970年9月にヨルダンを本拠地としていたパレスチナ解放戦線(PLO)を、ヨルダンが実質的に国外に追放する挙に出ました(黒い9月事件)。そのため、PLOは本拠地をレバノンに移しました。これにより、微妙なバランスの上に立っていたレバノンでは、1975年以降、内戦に突入。この内戦には、米国、旧ソ連、イスラエル、シリア、イラン等の国が関与し、終結までに15年の歳月を要することとなったのです。

1990年以降はイスラエルの侵攻が一時期あったものの、実質的に隣国シリアがレバノン政府を支援する形で、比較的平静に推移してきました。既述の人口の変化についても、大統領権限を大幅に制限し、首相権限を拡大させました。また、国会議員の配分もイスラム教徒を拡大するなど、

宗派対立を押さえるための方策が多く取られ、今日に至っています。その一方で、シーア派勢力が拡大しているレバノンについて、サウジは近年、関与を深めている状況でした。今回レバノンのハリリ首相が訪問先のサウジで辞任表明したことは、スンニー派を支援するサウジがハリリ首相のシーア派に配慮した政策を否定する意味合いがあると言えます。

今後の展開を大胆に予想してみましょう。最悪のケースは、サウジ、イランが直接戦火を交えることですが、その可能性は低いものの、イランが核開発再開を宣言するという状況になれば、その可能性も否定できません。より可能性が高いのは、レバノンが、かつてのレバノン内戦(1975~1990年)のような状況になることです。

両国の対立が激化すれば、周知のように、サウジは米国と近く、イランはロシアに近い関係あるため、大国への影響もさけられません。第1次世界大戦前のバルカン半島は多くの民族問題を抱え、「世界の火薬庫」と呼ばれ、実際、第1次世界大戦勃発の原因となりました。現状においては中東地域が同様の状態となっていないことを祈るしかありません。

日本企業は中東地域の出来事を「対岸の火事」のように捉える傾向があります。しかしながら、サウジとイランとの対立の拡大、イエメン、レバノン等での地域紛争の激化等に伴い、原油価格の高騰、中東地域を中心としたグローバルな物流体制の途絶、周辺国での大規模テロの頻発、欧州への難民の増加、サウジ・イランでの内政の混乱等のリスクが顕在化した場合、世界の政治・経済・社会に与える影響が甚大であることを肝に銘じる必要があります。グローバル化が進展する現在においては、一地域の出来事であっても、世界中に甚大な影響が発生する可能性があるということを企業は常に意識し、対策を検討することが求められているのです。

茂木 寿(もてぎ・ひとし)
有限責任監査法人トーマツ ディレクター。有限責任監査法人トーマツにてリスクマネジメント、クライシスマネジメントに関わるコンサルティングに従事。専門分野は、カントリーリスク、海外事業展開支援、海外子会社のガバナンス・リスク・コンプライアンス(GRC)体制構築等。これまでコンサルティングで携わった企業数は600社を越える。これまでに執筆した論文・著書等は200編以上。政府機関・公的機関の各種委員会(経済産業省・国土交通省・JETRO等)の委員を数多く務めている。
(写真=Courtesy of Saudi Royal Court/ロイター/アフロ)
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