不思議なことに、そこまでしても会社は何も咎めなかった。営業マンがどこに何台販売したか、報告しなくても端末を叩けばすぐにわかるシステムはあった。車両登録なしで車両を出すことは不可能で、売り先の業種がわからなくても、何台も同じような車両を購入するわけだから、見抜くつもりがあれば不正は見抜けた。それなのに、会社は何も聞かなかった。むしろ上司は目標の未達が濃厚になると、山下を頼りにするように「もう1台がんばれるよな」と励まし続けた。

同僚の一人がつぶやいた。

「なぜあんな不正が許されるのかと上司に詰め寄った。そのときは楽してノルマをこなすあいつが許せなくて」

それでも、会社は動かなかった。

「後から考えると、会社が気にしていたことは、ノルマの達成と損失を負担するのが誰かということだけでした。結局、上司も管理責任を問われることはなかったですし」

失踪から1カ月後。会社は山下を探し出し、被害届を取り下げる代わりに、親族の連帯保証による損害賠償を確約させた。さらに、買い取り業者に対しても、損害賠償請求を求め提訴した。ありえない価格で新車を購入したのは不当行為である、というのが理由だった。山下は「買い取り業者もわかっていたはず」と、会社側の証人に立っていた。

(早川智哉=撮影)