そんな彼らが注目したのが、「ミリオン資料サービス」という名の日本の探偵会社です。金大中の日本での居場所をなかなか確認できずにいたKCIAが調査を依頼したこの会社が、当時存在が公にされていなかった陸上自衛隊の情報部門「陸幕第2部特別勤務班」出身の元自衛官によって設立されたものであったため、記者たちは色めき立ちました。

この元自衛官は、北朝鮮関連情報などを交換するため、現役時代に金東雲としばしば接触していました。依頼された調査の中で、知人の記者による金大中のインタビュー取材を都内でセッティングするなど、金大中の所在確認に決定的な役割を果たしました。

詳細な真相は今も闇の中に

とはいえ、元自衛官への事情聴取を含む捜査を行った警察当局は、「拉致計画を認識した上で加担したとは認められない」と結論づけています。元自衛官は後にメディアの取材に応じ、韓国の国会議員と面談させるためだという説明を金東雲からは受けていたと語り、自衛隊を含む日本の国家機関の関与を一切否定しています。(*5)

金大中事件をめぐっては他にも、日韓関係の裏面史にかかわる話がいろいろと取りざたされています。暴力団や右翼のフィクサーを含めた日韓の闇人脈、事件直後に韓国政府高官が来日し、田中角栄首相に億単位の「手打ち」のカネを持って来たという関係者の証言、ソウル地下鉄建設をはじめとした対韓支援利権をめぐる日韓の癒着……。

しかし、日本政府が韓国政府と大急ぎで行った「政治決着」のために事件の捜査は進まず、詳細な真相は今も闇の中です。

(*1)2007年10月25日 毎日新聞朝刊「金大中事件:調査委報告書(要旨) 国家犯罪、34年の闇」
(*2)1987年10月22日 毎日新聞朝刊「金大中氏のタクシー事故は「暗殺」でないと運転手が月刊誌に証言」
(*3)(*1)の「金大中事件:調査委報告書(要旨)」に記載あり
(*4)1975年11月13日 第76回国会 参議院外務委員会
(*5)2009年8月17日 産経新聞朝刊「金大中事件 新証言 国内会社が所在確認」

宇山卓栄(うやま・たくえい)
著作家。1975年、大阪生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業。おもな著書に、『世界一おもしろい世界史の授業』(KADOKAWA)、『経済を読み解くための宗教史』(KADOKAWA)、『世界史は99%、経済でつくられる』(育鵬社)、『“しくじり”から学ぶ世界史』(三笠書房)などがある。