日本ではいまだにトヨタが一番大きい会社

――情報技術が世界を変えていくという考え方としては、アメリカのIT業界を中心に広まった「カリフォルニアン・イデオロギー」という思想が支配的です。宇野さんはどう受け止めていますか。

この本では、カリフォルニアン・イデオロギーを不可避なものとして受け止めながら、それを戦後日本の価値観を使ってどうアップデートするかを論じたつもりですね。僕は情報技術ですべての問題が解決するというような楽観主義者の未来予測を信じているわけではありません。でも、今の日本は明らかに産業の転換に失敗している。グローバル市場で時価総額の高い会社は、ほとんどがイノベーティブな情報産業の企業ですよね。日本ではいまだにトヨタが一番大きい会社で、しかも自動車という分野はこの先どんどん面白くなるはずなのに、そこに乗り遅れそうになっている。日本の産業領域はいまだに20世紀的な工業社会にあるわけですよ。

せめて文化領域では、カリフォルニアン・イデオロギーが支配的な世界に一石を投じることができないか、ということを考えている。その手掛かりを戦後サブカルチャーの中に求めたいという気持ちが僕にはある。それは言ってしまえば、どうやったらジョン・ハンケに勝てるのか、という課題です。たとえば「小説トリッパー」(朝日新聞出版)で連載している「汎イメージ論」で僕はいま、チームラボと吉本隆明をうまく組み合わせれば、もしかしたらジョン・ハンケに対抗できるかもしれない、と考えているんです。

なぜ「ポケモンGO」は世界を変えられたのか

――GoogleからNianticを立ち上げて『Ingress』や『Pokemon GO』を作ったジョン・ハンケの名は本書の中でも象徴的に出てきます。

そう、西海岸のカリフォルニアン・イデオロギー側にはジョン・ハンケという最強のクリエイターがいる。日本の想像力があれに対抗できるようなものをどう考えていくか、ということを最終的な課題として設定していました。これは次作でしっかり書きたいと思っています。

――僕(聞き手・柴那典)は以前『初音ミクはなぜ世界を変えたのか』という本で、ボーカロイドという文化の源流に60年代のヒッピーカルチャーがあるという趣旨のことを書きました。つまり、初音ミクと西海岸のカリフォルニアン・イデオロギーには密接な関係がある。

正しい認識だと思います。むしろ直系ですね。

オタクとギークの源流は同じ

――ボーカロイドだけでなく、カリフォルニアン・イデオロギーと日本のオタク文化が交わることで面白いものが生まれるというのは、とても希望のある話だと思います。

以前、フィギュアメーカーの「グッドスマイルカンパニー」の安藝貴範社長と対談したときに、東京のオタクカルチャーと西海岸のギークカルチャーを合体させて、新しいジャンルを作ることができないか、ということを話していました。どちらも重要なサブカルチャーだからです。

日本のオタク文化は、カリフォルニアン・イデオロギーの兄弟のようなものなんですね。どちらも「政治の季節からサブカルチャーの季節へ」という世界的なパラダイムシフトの産物だった。西海岸には、例えばエコやドラッグなど、いくつかあったサブカルチャーのひとつがコンピューターカルチャーで、それがカリフォルニアン・イデオロギーに発展していくわけなんですね。一方、同じ時代に東京で起きた大きい流れのひとつがオタク文化だった。源流は同じなんです。そして今、カリフォルニアン・イデオロギーが世界的な潮流になっている中で、東京のオタク文化がどう向き合うかが問われているんだと思います。

僕はこの先、こういう問題意識を共有できる人たちと一緒に戦っていきたいと思っています。オタク文化に限らず、今の日本だからこそ世界に発信できる価値は何かということを問い直す。その一人が猪子寿之であり、落合陽一です。彼らだけでなく、そうした視点を共有できる人たちに並走していきたいと思っています。

宇野常寛(うの・つねひろ)
評論家、批評誌〈PLANETS〉編集長。1978年生まれ。著書に『ゼロ年代の想像力』(早川書房)、『リトル・ピープルの時代』(幻冬舎)、『日本文化の論点』(筑摩書房)などがある。京都精華大学ポピュラーカルチャー学部非常勤講師、立教大学兼任講師。