「確証バイアス」を克服する難しさ

具体的には次のようなやりとりをする。

【1】最初に、出題者が自分の規則に当てはまる3つの自然数の列を言う。
【2】それをヒントとして、回答者は規則を推理し、推理が正しいかどうかを確かめるために、3つの数字を言う。
【3】出題者は、回答者の示した数字の列が自分の考えていた規則に当てはまっていたらイエスといい、間違っていたらノーという。
【4】これを何度か繰り返し、回答者は自信が持てたところで最終的な回答をする。

このゲームを始めると、多くの場合、次のようなやりとりになる。

出題者:「2、4、6」は、私の規則に当てはまっています。
回答者:「4、6、8」は、あなたの規則に当てはまっていますか?
出題者:イエス
回答者:「12、14、16」は、あなたの規則に当てはまっていますか?
出題者:イエス
回答者:「108、110、112」は、あなたの規則に当てはまっていますか?
出題者:イエス
回答者:分かりました! 答えは「順番に並んだ偶数の列」でしょう?
出題者:残念! それは不正解です。正解は「異なる数字の列」でした。

このやりとりでは、回答者は自分が推理した「順番に並んだ偶数の列」に当てはまる例ばかりを質問している。だが、それでは何度質問しても正解にはたどりつけない。正解にたどりつくためには、次のように、推理した規則に当てはまらない「反証例」も質問しなければならないのだ。

出題者:「2、4、6」は、私の規則に当てはまっています。
回答者:(推理:順番に並んだ偶数の列かな?)「1、3、5」は、あなたの規則に当てはまっていますか?
出題者:イエス
回答者:(差が2になる数列かな?)「15、18、30」は、あなたの規則に当てはまっていますか?
出題者:イエス
回答者:(単に数が大きくなるだけの数列かな?)「75、8、36」は、あなたの規則に当てはまっていますか?
出題者:イエス

といった具合に、自分の推理とは異なる例を繰り返し質問することで推理を修正できるかどうかが、このゲームの最大のポイントになる。だが多くの人は、自分の推理に当てはまる例だけを質問してしまう。なぜか。直感の働きによる「確証バイアス」にとらわれてしまっているからだ。

私たちは、「きっとこうに違いない」という推理や仮説を確かめようとすると、それに当てはまる例ばかりを見つけようとしてしまう。「自分は間違っているかもしれない」と理性的に考える難しさがわかってもらえただろうか。

こうした認知バイアスを克服するためには、誤りを正してくれる他者の存在が欠かせない。だが話し合いや議論もまた、バイアスのわなが待ち受けている。空気を読み合うような話し合いや議論は、バイアスを増幅させてしまうからだ。

それを防ぐためには、空気を読まずにものを言える場を確保しなければならない。その具体例として紹介したのが、前々回のピクサーの会議や、前回の哲学対話だった。

ただ、そんな理想的な対話の場を持っている集団は、どう見ても少数派だろう。だからこそ、ピクサーの試みや哲学対話が注目されているのだ。