60円、150円……これでタバコを買う

私が地方へ講演に行くと、主催者や私の話を聞きにきた人たちが、私に気を使ったのか、私の本を買ってきてくれて、サインを求められることが多い。

そのとき、私は「文庫なら60円、単行本なら150円」とブツブツとつぶやいてサインをしている。60円、150円はすなわち、その本が売れたときに入ってくる私の印税の額なのである。

「ああ、これでタバコが買えるな」とか、数が多いときには「銀座に買い物へ行ったときの駐車場代が浮いた」などと思いを巡らしているのである。

誰に配って歩くのかわからないが、大量に本を買ってきてくれる人もいる。そういう人に対し、私はこう約束することもある。

「ありがとう。ぜひ、私のオフィスに遊びにきてほしい。書籍を買ってくれたお礼というわけではないが、オフィスでは、私の自腹で3万~10万円もする日本茶を出している。みんな、美味しい、美味しいと言って飲んでくれるんだ。ぜひ、そのお茶を飲みにきてほしい」

これを聞くと、みんな、「え!」となってびっくりする。この話、実話である。安いときで3万円、下手をすると10万円もするお茶を、官邸の私の執務室では振る舞っているのである。

とはいえ少々後ろ暗いこともあるので、プレジデントの読者にだけ、この話の種明かしをしたいと思う。

実は、このお茶、香典返しのお茶である。私は、香典を3万から10万円渡すことにしているので、そのときにもらえるお茶は、その値段ということになる。実際に、そのお金を払わねば、もらえないお茶なのであるから、10万円のお茶と言って差し支えないであろう。

しかし、不思議なもので、値段を言ってからお茶を出すと「うまい!」「甘みが違いますね」とみな一様に嬉しそうに感想を漏らす。「まずい」なんてことは聞いたことがない。

さらには「実は妻がお茶を嗜んでおりまして」などと付け足すと、「こんなに美味しいお茶を飲んだのは生まれて初めてです」「こんな素晴らしいお茶を頂いて涙が出そうです」と言ってくれる人まで現れる(笑)。

私が「そうでしたか。私はこのお茶を毎日飲んでいるせいかもしれませんが、これがただの普通のお茶に思えてなりません」などと言おうものなら、相手は「何をそんなに謙遜されていらっしゃるのですか。私は、生まれてから10万円のお茶など飲んだことがありません。このような日本の良質なお茶文化をもっと広めていきたいものですね」と、言下に否定するのである。