お客様を知り抜きお客様を好きになる!

しかし、その考えは浅はかでした。30歳頃に、私は大手上場企業を担当する営業部に異動します。そこで出会った上司はこう言うのです。

「苦手な気持ちは、たとえ表現しなくても空気で伝わってしまう。だから感情を隠すのではなく、お客様のことを好きにならなくてはダメだ」

お客様を好きになるためには、お客様のいいところを見つけることが大切です。いいところは、ぼやっと見ているだけではわからない。だから、単に知っているというレベルではなく、お客様自身が知らないようなところまで知り抜きなさい、というわけです。

そもそもお客様に興味があるというレベルでは、いい提案はできません。せいぜい「うちの新商品は、こんな機能があります」という程度です。

一方、お客様のことを知り抜いて好きになると、「お客様の業務はここに課題があるから、うちの商品のこういう機能を使えば改善できます」と深い提案ができるようになります。

上司にお客様を知り抜く大切さを教わってからは、とにかく現場に入り込んであらゆる情報を集めました。たとえばメーカーのお客様なら、本社の担当者だけでなく、工場にも足を運んで話を聞きます。現場で集めた情報も参考にして提案すると、本社の担当者は「どうしてそんなことまで知っているのか」と驚き、話も弾みます。そこから契約に結びついた経験は一度や二度でありませんでした。

こう言うと、お客様から信頼を得るには、現場に入って汗をかいている姿を見せればいいと勘違いする人がいるかもしれません。もちろん“浪花節”で動いてくださるお客様もいます。でも、営業がアピールすべきは、努力したプロセスではなく、その結果であるお客様の課題を解決する提案内容です。

今振り返ってみると、お客様を知り抜いて好きになれという教えは、表面的な数字でお客様を判断するなという意味も含まれていたように思います。

営業マンは売り上げが大きいお客様を優遇しがちです。でも、このお客様は自分のプラスになる、あっちのお客様は付き合っても仕方がないという態度でいると、お客様のほうから見放されます。直近の売り上げがどうであろうと、すべてのお客様は見込み客。目先の利益を超えて深いところで好きになってこそ、信頼関係が構築されます。

相手の肩書、年齢、性別で態度を変えるのもダメです。私も今でこそ社長という立場ですが、誰が相手でも分け隔てなく同じ態度で接してきたつもりです。そうして付き合ってきた人たちほど、不思議なことにピンチのときに救ってくれたり、応援してくれたりしたものでした。