「秘書」はどんな行動を取るべきだったか

このようなタイプは、どうやって自分を律すればよかったのだろうか。

まず、怒りそうだと感じとき、二次感情の発動をいったん抑え、「あなたにはがっかりしたわ」「あなたのことを心配しているよ」という、一次感情の問題にフォーカスしながら、やわらかく相手の立場から諭すことである。こういう伝え方なら、激しい感情を出さなくても、部下に自省を促すことができる。

豊田氏の場合は秘書のたび重なるミスで完全にわれを失い、怒りが増幅して高揚し、火に油を注ぐ状態だった。こうなると、「周囲が羽交い締めにするしか止める方法はない」(岩井氏)という。

そこで重要なのが、部下、この場合では「秘書」のとる行動だ。

例えば、道を間違えたときは、「車を止めてしまえばよかったんですよ。そうすることで豊田氏が目的地に行けなくなるわけですからね」と、岩井氏は意外な策を提示する。

ミスが続いて相手が怒りまくる非常事態だから、秘書の立場もかなり危ない。ここはなんとかしようと焦るよりも、クビ覚悟で車を止め、「これ以上怒ると、私にとって運転不可能です」と思いきって言うことで、その場の空気が変わる。車を止められると豊田氏もさらに困るわけだが、怒りが問題解決にならないことに気づき、クールダウンするきっかけにもなる。

あるいは、内部告発という最終手段に出る前に、同僚と共闘することで、事態を打開できることがある。暴言に悩まされている同じ仲間3人くらいで囲み、「先生、ちょっとお話があります。これは先生のためを思って申し上げるのですが……」と、問題を話し合う。心理学ではコンフロンテーション(直面化)と言い、ときには部下もそれをやらなくてはいけない。部下ひとりでやらなくてはいけないときは、かなりの覚悟の上で向き合うことが求められる。

岩井氏のもとを訪れる相談者の中に、ある企業のミドルがいた。その企業のトップは、中興の祖と言われたやり手だったが、怒りっぽく支配的で、公私混同や違法行為を繰り返していた。そのミドルが勇気を出して直言し、さらに他の役員に根回ししても、トップは改心せず、最終的にそのミドルはコンプライアンス委員会に違法行為を報告した。結果そのトップは、株主からの突き上げで解任されたというから、経営者が部下からの声に真摯に耳を傾けることがいかに大事かわかる。

「基本は人のフィードバックを受けること。友人でもいいし、部下でもいい。あるいは自分の尊敬する師匠やメンターを持つのも効果的。偉くなっても謙虚でいるためには、意見を言ってくれる存在を持つことです」と岩井氏。

「実るほど頭を垂れる稲穂かな」ということわざがある。 上に立つ人ほど謙虚に聞けるようになること、どんな立場の相手も、一人の人間として尊敬の念を持つこと。怒りの感情を抑え、対人関係を円滑にして良い結果を出すためのコツは、仕事でも家庭でもぜひ心しておきたいものだ。

岩井俊憲(いわい・としのり)
ヒューマン・ギルド代表。1947年、栃木県生まれ。早稲田大学商学部卒。外資系企業に就職。85年ヒューマン・ギルド設立。中小企業診断士、上級教育カウンセラー、アドラー心理学カウンセリング指導者。カウンセリング、カウンセラー養成や公開講座を行うほか、企業・自治体・教育委員会・学校から招かれ、カウンセリング・マインド研修、勇気づけ研修、リーダーシップ研修や講演を行っている。主な著書に『人を育てるアドラー心理学』『人生が大きく変わるアドラー心理学入門』などがある 。
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