北朝鮮軍は過去に、米空軍の偵察機を威嚇したことがある。

1981年8月25日には、軍事境界線に沿って飛行中の米空軍の戦略偵察機SR-71に向けてSA-2地対空ミサイルを発射している。ミサイルはSR-71に到達する前に爆発したため被害はなかった。

この日は平壌で、北朝鮮政府と発展途上国の会議が開かれていた。翌日の朝鮮労働党機関紙「労働新聞」は、金日成と会議出席者との記念写真で埋め尽くされており、この事件に関する記述はなかった。この日に攻撃した理由は、撃墜に成功した場合に会議の席上で北朝鮮軍が勇敢であることをアピールする狙いがあったのだろう。

2003年3月2日には、米空軍の偵察機RC-135S(弾道ミサイル発射時の情報を収集する機体)に対し、北朝鮮空軍のMiG-29戦闘機2機とMiG-23戦闘機2機が日本海上空で飛行を妨害し、MiG-29はレーダーを照射するなどして威嚇した。

MiG-29は平壌北方の順川(スンチョン)に配備されている。首都防空が最大の任務だからだ。このとき、MiG-29はRC-135Sを迎撃するために、事前に北朝鮮北東部の漁郎(オラン)空軍基地へ移動していたものと思われる。MiG-23も同様だろう。

北朝鮮軍の戦闘機が米軍の偵察機へ接近したのは、1969年の米海軍EC-121M偵察機撃墜事件以来だった。この事件は4月15日に北朝鮮北東部の清津(チョンジン)沖で発生、乗組員31人全員が死亡した。同機は北朝鮮東部の沿岸から約70海里の国際空域(公海上)を飛行中で、攻撃したMiG-21戦闘機は、ひそかに偵察空域付近の飛行場に移動していたものだった。この日は、金日成の誕生日だった。EC-121Mは、金日成への貢ぎ物だったのかもしれない。

ベトナム戦争の真っただ中であったにもかかわらず、この事件を受けて米海軍は「エンタープライズ」「タイコンデロガ」「レンジャー」「ホーネット」の4隻の空母を中心に、巡洋艦3隻、駆逐艦22隻の計29隻で「第71機動部隊」を編成して日本海へ展開した。本当の意味での米国と北朝鮮の「一触即発」の事態とは、このような状態を指すのだろう。

北朝鮮軍の堪忍袋の緒が切れる可能性も

韓国の国家情報院によると、北朝鮮軍は今回のB-1Bの飛行を受けて、「航空機などを(日本海よりの)東側に移動させ、警備を強化している」という。

東側に移動した航空機は、おそらく北朝鮮軍の虎の子であるMiG-29戦闘機とMiG-23戦闘機だろう。今後も同じような飛行が継続された場合、北朝鮮軍は戦闘機をB-1Bと護衛の戦闘機の編隊に接近させるだけでなく、警告の意味で短距離ミサイルであるSA-2を発射するかもしれない。

一方、米軍には偵察機が撃墜された記憶があるため、さらに踏み込んでB-1Bが地対空ミサイルの射程圏内(攻撃可能な範囲)を飛行するとは考えにくい。あくまでも地対空ミサイルが届かない空域を飛行するにとどめるだろう。

北朝鮮軍は弾道ミサイルの発射を含め、何かの記念日や節目に大きく動くことがある。北朝鮮軍による米国への「牽制」も、節目に行われる可能性がある。そうなればマスコミは大騒ぎになるだろうが、それだけをもって「一触即発の危機」とはいえない。

9月3日の核実験以降、トランプ大統領や米国政府高官の強硬発言はあったが、それにともなう米軍の動きはB-1Bの飛行以外は何もない。そもそも今回北朝鮮が核実験を実行したこと自体、米国のこれまでの「牽制」が無意味だったことを証明しているのだが、それでも核実験前と同様にB-1Bを使った圧力しかかけられないのが米国の実情なのだ。

宮田敦司(みやた・あつし)
元航空自衛官、ジャーナリスト。1969年、愛知県生まれ。1987年航空自衛隊入隊。陸上自衛隊調査学校修了。北朝鮮を担当。2008年日本大学大学院総合社会情報研究科博士後期課程修了。博士(総合社会文化)。著書に『北朝鮮恐るべき特殊機関』(潮書房光人社)がある。
(写真=時事通信フォト)
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