「事業承継対策としてのM&A」から、「成長戦略としてのM&A」へと時代はシフトしています。このトレンドは揺るぎないものであり、今後はM&Aで売却するといえば成長戦略の一環という認識があたりまえになるでしょう。

ここで中堅・中小企業、ベンチャー企業の経営者にお伝えしたいことがあります。それは、事業承継と成長戦略は相反するものではないということです。

成長しながら事業承継を果たす

事業承継は株式非公開企業にとって避けて通れない問題です。また、事業を継続・発展させていくなら成長戦略も欠かせません。ゆえに、事業承継と成長戦略を同時に実現していくアプローチが求められるのです。

では、事業承継と成長戦略のハイブリッド(かけ合わせ)である「成長戦略型の事業承継」を成功させるには、どんな点に気をつければいいでしょうか。

ぜひ意識したいのは、「オーナー経営者(親族含む)の未来」「社員の未来」「会社の未来」を頂点とした三角形のバランスです。

事業承継だけを考えると、オーナー経営者の利潤を最大化したり、会社を引き継ぐ子たちの相続税負担を軽くしたりすることが主な目的になりがちです。

それらを優先して対策を打つと、事業の停滞や経営の不安定を招き、社員の雇用も守れなくなるおそれがあります。それではオーナー経営者が幸せになっても、会社や社員に明るい未来はありません。オーナー経営者だけでなく、会社、社員の三者の幸せな未来を描くことができてはじめて成長戦略といえます(図)。

別の言い方をすれば、成長戦略を重視した事業承継ではパブリックの意識が求められるのです。オーナー経営者が、自分や子どもたちの幸せだけを願って行う事業承継対策では、視点がプライベートに偏ってしまいがちです。

資本主義の論理でいえば、会社は株主(オーナー経営者)のものです。しかし、社員のモチベーションを高めようとか、企業として社会的責任を果たそうといった意識が希薄では、会社を成長させることは難しいでしょう。「会社は、そこにかかわるみんなのもの」と見なしてこそ、事業承継と成長戦略が相反せずに成り立つのです。

事業承継と成長戦略をともに実現する手段として、ぜひとも提唱したいのがIPOと変わらない効果を実現するM&A=「ミニIPO」です。次回は、その具体的な知恵と考え方をご紹介いたします。

竹内直樹 (たけうち・なおき)
株式会社 日本M&Aセンター 上席執行役員。2007年、日本M&Aセンター入社。2014年執行役員事業法人部長、2017年 ダイレクト事業部事業本部 兼 上席執行役員就任(現任)。入社以来、日本M&Aセンターが10年で売上が5倍となるなか、その成長を牽引し、100社を超えるM&Aを支援。産業構造が激変する現在、中堅・中小企業やベンチャー企業が一段上のステージへ成長するための支援を行う一方で、セミナーや講演を通じての啓発活動でも活躍する。著書に『どこと組むかを考える成長戦略型M&A──「売る・買う」の思考からの脱却と「ミニIPO」の実現』がある。