そうした制度改革の一つの基本に据えたのは、前述の「ワーク・ライフ・マネジメント」に加えて、業務における「攻めの時間」をいかに増やすかという視点だった、と白江さんは言う。

「『攻めの時間』というのは弊社の社員がよく使う言葉で、新しい何かを企画したり仕事をつくったりする時間のこと。社内で各部署にインタビューしていくと、必要ないと感じる会議や残業がまだまだ多い。それらを改善・効率化してさまざまな働き方を用意することで、攻めの時間を増やしていきたい。また、弊社では出産・育児をめぐる社員の両立支援の充実期を経て、子どもを連れて海外に赴任する女性社員も徐々に増えてきました。当時は育休から復職する女性社員一人一人に対して面談を行って、現場復帰への課題を把握していったのですが、いまは社員一人一人の『個』の把握を重視して、活躍できる職場をつくり始めています。次の段階への移行期だといえるでしょう」

世界中に現場がある商社ならではの改革

白江さんがこう語るように、同社の「ダイバーシティ経営推進」の取り組みは、新体制となった15年から加速し始めたといえる。翌年には、三井物産が創業以来初の赤字決算を出したこともあり、社内の危機意識が高まったことも、変革を後押ししたのだろう。

安永社長は自身の就任以後のその取り組みについて、「いまはトライアルの期間」と語った。

代表取締役社長 安永竜夫さん

「モバイルワークや個人ベースの時差出勤制度の導入は、生産性を維持・向上させることが大前提。それらの働き方の改革をいかに生産性の向上に結び付け、両立させていくかが大事だと考えています」

だが、安永社長は現在の「ダイバーシティ経営推進」が、同社を良い方向に導くことを確信しているようだ。

「この大手町のオフィスに大勢の社員が集まって、午前9時から午後5時までいるという状況は生産性が低いと私は思っています。三井物産には現地法人と関係会社を合わせると、約500の『社長』がいます。そのほとんどが、日本人以外の部下を持ち、事業を進めていくわけです。世界中に『現場』がある商社のコングロマリットの性格を考えると、もっと分散型の仕事の仕方をしてもいいはず。これまでの求心力に重きを置くやり方から、今後は遠心力を利かせた組織をつくり上げていく必要があるでしょう」

そう語るときに安永社長がイメージするのは、20年以上前、出向先の世界銀行で経験した職場の雰囲気だという。世界銀行では10人ほどが働く課にさまざまな国籍の人がおり、上司はアメリカ人の女性だった。仕事でペアを組んだのもインド人の女性で、「誰もが自分の仕事の結果を重視し、自分の裁量で仕事をしていました」と安永社長は振り返る。

「国籍も性別も年齢も関係なく、それぞれが使命感を持って仕事をしている姿は、私の一つの原点になったと思っています。30代の頃のあの経験を思い返すと、私たちは『ダイバーシティ』について20年は遅れているともいえる。現在はさまざまな試みを行いながら、改革を強く進めていく時期だと捉えています」

撮影=吉澤咲子、市来朋久