銀行員には「事業の目利き」は難しい

マンガ編集者が典型的な育成モデルだとして、銀行員に同じような目利きができるだろうか。

課題はいくつかある。まず、同業者や仕入れ担当者に比べれば、銀行員は融資先の事業をよく知らない。個人事業主であるマンガ家が銀行員に融資の申し込みに来たとして、当のマンガが実に面白いとしても、それが将来何万部も売れるヒット作になるかは知る由もない。

これは極端な例としても、筆者も銀行員時代に「ラーメン店の開業」について実際に相談を受けたことがある。難しいのは、銀行員がラーメンを食べておいしいと思ったとしても、他のたくさんの人々がおいしいと感じるかどうか、当のラーメン店が3カ月後に行列を作るほどに繁盛し数年後にチェーン展開するかどうかはまた別の話ということだ。

当の事業のサプライチェーンの線上にいない銀行にとって仕入れ担当者と同等の目利きは難しい。そのうえ、仕入れ業者と違って販売網を持たない分リスクのコントロールも容易でない。在庫を自ら処分できない分、担保や保証で信用補完しているともいえる。

目利きの課題は決済インフラの担い手ゆえの立場にもある。銀行の本性はブレーキ役なのでアクセルを踏む側に立つのは難しい。というのも、資金決済ネットワークという、電力、ガス、通信と同じく公共性の高いインフラを担っている預金取扱金融機関は預金を安全に運用する使命があるからだ。資金決済ネットワークの些細なほころびも許されない中、融資先が破たんしないか、仮に破たんしても貸し倒れが発生しないかを厳しく見極める習性がしみついている。

でも「リスクの目利き」であれば得意

ということで、新規事業を提案するのも思わず慎重になる。実際に同一人物がすることはないにせよ、自分で案件をこしらえて自分で審査するのはなかなか悩ましい。銀行員が新規事業を提案したとして、案件に関われば関わるほど、最終的に融資を断らざるをえなくなったときにつらくなる。

お金を借りる側にしてみても、生殺与奪の権を持つ(と思われている)銀行に完全に心を許すのかわからない。その緊張感は納税者と税務署の感覚に似ているようにも思われる。まさか税収増をめあてに税務署が経営アドバイスをするわけにもいくまい。

与信リスクに対する「目利き力」はある。銀行は将来大化けする才能を見抜くのは不得手かもしれないが、一見華やかな事業計画書に隠されたウソを見抜くのは得意だ。筆者もそうだったが、帳簿をマメにつけているかとか、在庫をきちんと管理しているかとか、作業場の掃除が行き届いているかとかもよく見ている。

要するに、キャッシュの出入りをきちょうめんに管理し、期日通りに返済してもらうことが最大の関心事だ。決済インフラの担い手であるがゆえに運用先の返済能力を厳しく見極める習性は、他業態に比類ない強みでもある。