ユニクロが提唱する安さと便利さ以外のコンセプトとは

最近でも、安さに加え、ひと味違った差別的な技術をアピールして成長する商品がある。ビール系市場の発泡酒はそれだ。当初は、「本格ビールよりも安い」というだけの商品として導入されたが、そのうち“健康”をアピールし始めた。健康にもう一つよくないのではなんて思いながらビールを飲んでいた私には朗報だ。スーパーでは、糖質やカロリーやアルコール度を抑えたその種の発泡酒に手がいってしまう。

いずれも技術面での差別化を図った事例だが、「生活者の商品を見る視点を変える」という工夫でもって、同じような効果を得ることができる。

無印良品(良品計画)は、そうした工夫で成長した会社だ。彼らは、「わけあって安い」という巧みなコピーを通して、生活者の気持ちを汲み取った。たとえば「割れた椎茸」。

割れていない普通の椎茸とは味や品質の点で違いはない。しかし、商品としては不適格として廃棄される。それを、安い値段で「わけあって安い」商品として売り出した。問題は、この種の商品が売れたとき供給が追いつかないことだ。「割れた椎茸を増産するわけにはいかない」。そうしたこともあって、同社はその後少し趣を変え、「自然さ」や「シンプルさ」といった価値を生活者に提案し始めた。たとえば、塗りの工程を省いた白木のテーブルは値段ももちろんそれなりに安いが、それ以上に自然でシンプルな生活の象徴として位置づけられ人気を博した。

ユニクロの成長ぶりもそれに似ている。

最初、関西の市場に参入してきた頃は、「安くてお得な商品」ということを露骨なほどにうたい文句にしていた。その当時の同社のTVCMを見るとわかる。大阪のおばちゃんがユニクロの店へやって来て、突如スカートを脱ぎ、「これ、返品するわ」。覚えておられる方もおられるだろう。駐車違反に文句をつけてお巡りさんが渡した駐禁切符を食べてしまう大阪のおばちゃんのCMも大阪らしいが、それと双璧だ。

だが、「安くてお得な商品」だけで、今のユニクロがあるわけではない。ユニクロは銀座など都心への立地を図るという戦略変更と軌を一にするように、一つのコンセプトを提案し、生活者の共感を得た。それは「デモクラシー」。

このコンセプトがなく、安さと便利さだけを主張するビジネスを続けていたら、結果は、どのようなものだったか。そこに思いを馳せれば、そのコンセプトの素晴らしさがわかる。所得の大小、生活水準の高低にかかわらず、誰もが等しく、ユニクロの商品を使う理由をもっていること、そして「安い服を着ている」ことでオドオドすることなく、誰にとっても手に入りやすいユニクロの商品を「誇りをもって身につける」ことができることを、私たちは知らぬ間に心の内に刻み込むことになったのである。

シャープ、良品計画、ユニクロ。いずれも、低価格帯市場をつくり出したメーカーだが、そこには安さ以外に、もう一つの購入理由を生み出す創意工夫が溢れていた。

低価格帯市場を開拓するのはチャレンジャーの得意技。リーダー企業には、高価格商品を成功させることが期待される。リーダー企業が、背に腹は代えられないとばかりに、下位企業が開発した低価格の商品に追随するケースがまま見られるが、それでは市場は小さくなるばかり。下手すると、購入ボリュームゾーンが低価格帯に移ってしまい、自身の本拠地となる市場が小さくなってしまう。

JTBが昔、<ルックJTB>で上中並のサブブランドを開発したことがあった。それは、特定ニーズに絞った新ブランドの参入、あるいは高価値志向の生活者と価格志向の生活者との二極化という市場事情を捉えた時宜にかなったものだった。だが、結果は、市場需要が「並」のサブブランドに大きく流れてしまい、3つのサブブランドでバランスよく需要を取り込むことは叶わなかった(拙書、『マーケティングを学ぶ』、ちくま新書)。

本格ビール市場も状況は似ている。本格ビール市場でポジションを確立したリーダー企業が発泡酒や第三のビールを発売するがために、本格ビール市場はそれに市場を奪われ、縮小する。

高価格帯を狙ったマーケティングで、巧みなのはサントリー。昔から提案上手。「日本食にもウイスキーを」というわけで、「二本箸作戦」と称して、ウイスキーにはそぐわないと思われた和食、それも割烹料理店に積極的に拡販していった。「水割り」というウイスキーの飲み方提案も。スナックやクラブといった酒場にお客様がウイスキーボトルを置いておくというボトルキープの提案もそう(石井淳蔵ほか『1からのマーケティング』碩学舎)。