クオーツでも機械式時計でも、腕時計は“止まる”ものである。たとえ1000万円を超える高価な時計でも、メンテナンスを怠ればいつかは動かなくなってしまう。腕時計が誕生して以来、1世紀以上変わらないこの「常識」を覆す発明は起こり得るのだろうか。

21世紀、オイルフリー化開発競争の幕開け

針で時刻を示すアナログ式の腕時計は、長年使い続けるにはメンテナンスが欠かせない。駆動方式が機械式であるかクオーツであるかにかかわらず、また価格の高低を問わず、現在販売されている腕時計は一本の例外もなく定期的なメンテナンス、いわゆるオーバーホールが必要になる。

時計の針がズレる要因の一つは、ムーブメントの部品同士の摩擦にある。機械式時計の場合、ぜんまいがほどける際に生じる力(トルク)が、脱進機、調速機を経て針へと伝達するが、これらの機構に使用される部品は金属製が多く、金属同士の摩擦が針のズレの原因となる。そこで金属の接触が多い部分に潤滑油を差し、摩擦を低減する方法を取るのが一般的だ。クオーツ時計の場合も同様で、クオーツは電池に蓄えられた電気を動力としているものの、その電力を針を動かすための力に変えるには歯車が必要になり、歯車同士の摩擦を抑えるには潤滑油が欠かせない。

この潤滑油は、経年や温度変化によって劣化して本来の性能を発揮できなくなるため、腕時計のオーバーホールではパーツの分解・洗浄などと合わせて、パーツへの注油が行われる。この注油の手間がなくなればメンテンスフリーへと大きく近づくことになる。そうした開発、すなわちオイルフリー化の開発が21世紀になって熱を帯びているのである。

シリコン脱進機が普及した理由

この分野の開発で現在主流となっているのが、摩擦係数の低い新素材の採用だ。その最たるものがシリコンである。ブレゲやパテック フィリップといった一部のトップブランドは、2000年代半ばにシリコンを使った脱進機をいち早く実機化した。シリコンは金属に比べて軽くて硬く、摩擦係数が低い。そのため、潤滑油なしで長期間の稼動が見込め、また精度面の安定性も期待できるからだ。強い衝撃を受けるともろい、少量生産に向かないなどいくつかの弱点はあるものの、シリコン製脱進機はこの10年ほどで広く普及してきた。

シリコン製のガンギ車という部品(写真左)。時計の精度を大きく左右する脱進機のアンクルやガンギ車、ひげぜんまいにシリコンを採用するブランドが年々増えている。シリコン素材開発のパイオニア的なブランドの一つがブレゲ。ブレゲでは2006年にシリコン製脱進機搭載のモデルを発表している。(写真提供:ブレゲ)

また、シリコンのほかに、ジャガー・ルクルトが開発したカーボン系素材のイージウム、シリコンにダイヤモンドコーティングを施したユリス・ナルダンのダイヤモンドシルなども、いかに潤滑油の注油を不要にするかという発想で開発された素材である。

こうした新素材の開発とは別のアプローチで、潤滑油を使用することを前提に、潤滑油自体の性能を高める開発に取り組むウオッチメーカーがある。スイスではロレックス、そして日本ではシチズン時計がそれだ。