2017年8月4日(金)

胡桃オイルが一滴で"王様の食事"に変える

――400年続くフランスの工房へ

dancyu 2015年10月号

文・瀬川 慧 撮影・水島 優

ルイ14世時代から続くフランスの胡桃工房

フランスの小さな村のいい匂いのする花や草木にあふれた家々の一角に、その美しい工房はある。

開け放たれた扉の奥には、直径2mもあるどっしりとした石臼があり、巨大な石のローラーがゴリッゴリッと鈍い音を立てて、ゆっくりと回っていた。壁に掛かった角が取れて丸くなった櫂棒(かいぼう)、飴色に染まった箒(ほうき)、赤々と燃える薪ストーブの上の艶やかな鋳物の鍋。それらすべてが長い歳月に磨かれて、やわらかな陽の光を浴びて輝いている。さっきから鼻をくすぐる深く芳しい香りの正体は、石臼の中で圧砕されているおびただしい量の胡桃の実だ。

400年近く続く胡桃オイル工房はブルボン王朝時代のままの趣。地元名産の胡桃を使い昔ながらの技法を守って、香り高いオイルをつくる。

フランス・ロワール地方、ワインで名高いサンセールに近いジャローニュ村は、昔から胡桃の名産地として知られている。フランス人にとって胡桃オイルは、香り高いエッセンシャルオイル。その一滴で葉っぱのサラダが、川魚が、王様の食事に変わる。

「この辺り一帯の畑や庭でとれた胡桃をいろいろブレンドすることで、オイルの味わいに深みが加わり、個性が生まれます」

そう話すのは2014年の秋に工房を引き継いだヨアヒム・ザイツさん。ルイ14世治世の頃から、この村で代々搾油業を営んできたミルリュウ家の当主、ガイ・ミルリュウ氏と妹のアイリーンさんからここを譲り受け、ガイ氏の指導のもとに昔ながらの上質なオイルづくりに精を出しているのだ。

▼胡桃オイルとは?
胡桃オイルはその名の通り、胡桃(ウォールナッツ)の実を圧搾してつくる油のこと。独特の芳香と少しビターですっきりした風味が特徴。ハーブやルッコラ、クレソン、アンディーブなど苦味のある葉物、フルーツ、ポテト、チーズとも好相性で、フランスではドレッシングソース、サラダ、軽い炒め物やパスタの風味づけ、菓子などに使われる。「ステーキにちょっとだけ垂らしたり、カリフラワーのサラダのドレッシングに加えたりしてもおいしい」(ヨアヒムさん)。ビタミンE、α-リノレン酸、リノール酸を豊富に含み、ノンコレステロール。酸化しやすく、高温で調理すると劣化するため、そのまま生で使うのがお薦めだ。食用のほか、マッサージオイル、塗料や油絵の具の材料にも用いられる。

まずは手作業で殻を割って、実を取り出す。胡桃は1カ月から6週間乾燥させたもの。とりたては苦味が強く、ちゃんと乾燥させないと甘味が出ないのだ。それを石臼でやさしく圧砕。27kgを2回に分けて、ペースト状になるまで25分かけてゆっくりすり潰す。400年近くも使われてきたローラー部分の石は、その間に半分にすり減ってしまい、2008年に新しい石に替えた。工房の入り口には役目を終えた先代の石が草叢(くさむら)の上でのんびりと余生を送っている。4tもの石が半分以下にすり減る星霜(せいそう)に気が遠くなる。電動の歯車は、その昔は馬を使って動かしていたという。

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瀬川 慧