「最初はオジサンの来る場所だと思って怖かったんですけど、そこでは別々に来たお客さん同士が会話したり、歌ったり、無邪気に笑いあっているんです。それを温かい目で見守りながら、時に冗談を挟むママがいて、一緒に楽しんでいる。つられて私も楽しくなってきて『なんだこの場所は』と衝撃を受けました。同時に、私もこんな店をやりたいと思ったんです」

全国で10万軒以上

彼女は学校の進路相談で「スナックをやりたい」と打ち明け、担任を驚かせた。中学卒業後は高校に通いながら焼き鳥屋のバイトを週5~6日と増やし、大真面目に開業資金を貯め始める。高校を卒業すると、クラブのホステスとして水商売を勉強しながら、さらにお金を貯め続けた。

“銭の花の色は清らかに白い。だが蕾(つぼみ)は血が滲んだように赤く、その香りは汗の匂いがする”ってか。

とはいえ不思議なものだ。幼き頃の亜美ママがスナックにそこまで魅了されたにもかかわらず、日本ではこれまで、スナックは経営やビジネスの研究対象にはなってこなかった。都築響一氏や玉袋氏の関連名著はあるが、つまるところ飲みの流儀や文化のハナシである。

先に触れた書籍『日本の夜の公共圏』では、2013年当時の日本全国に存在するスナックの数が紹介されており、その数は概算で10万軒を超える。同時期、美容院が23万軒、不動産屋が12万軒、居酒屋が8万軒とあり、減少傾向にあるものの、スナックが巷にいかに多いかが伺い知れる、にもかかわらずだ。

開業に必要なものは?

なぜスナックはなくならないのか。ここでは、一人のママの「起業」を追いながら、スナックをビジネスという視点から迫ってみたい。

一般的にスナックは、飲食業のなかで相対的に開業資金が少なくて済み、始めるのが容易だといわれる。ただし、口でいうほど簡単ではないことは事前に断っておく。

まずはハコとなる店舗物件を借りる費用。保証金と前家賃、不動産仲介手数料なども含め、一般的には家賃月額の8~12カ月分位が目安とされている。仮に家賃20万円なら160万円~240万円だ。次に内外装・設備工事費。まっさらな状態であれば、一坪あたり約50万円前後から、こだわれば100万円は優に超える。

また、営業にはイスやテーブル、食器、照明、音響など什器・備品なども必要となる。事前にお酒も必要だろう。さらに運転資金として最低でも3カ月分の経費、家賃などを確保するのが常識とされ、ゼロからともなると、どんなに少なく見積もっても500万円以上のお金は必要となる。

スナックに欠かせないカラオケ機器の導入も必要だ。これはリースか買い取りかの選択があるが、リースであっても初期費用に加えて年間最低でも60万円以上が必要となる。

「昔のことで忘れましたけど、大変だったのは役所に出す書類の多さですね」と亜美ママが言うように、開業のための手続きも煩雑だ。