「0を300にした」コメダ創業者

僕が運営会社の社長を務める「コメダ珈琲店」の創業は1968年。まもなく50年という老舗喫茶店です。もともと喫茶業にくわしくなかったので、2013年7月に社長に就任してから、創業者の加藤太郎さんに何度も会って「コメダイズム」を学びました。

臼井興胤・コメダ社長

コメダの本拠地は愛知県名古屋市です。ご存じのように名古屋は喫茶文化が盛んで、統計調査では、隣の岐阜市と「日本一喫茶代におカネをつかう都市」の首位を競います。「モーニングサービス」も愛知県で拡大し、ご当地名物になりました。愛知県民は「自宅の居間や会社の応接室の延長」として喫茶店を使います。そうした土地柄を知れば知るほど、セルフカフェにはないフルサービスの喫茶文化を大切にしたいと考えました。そこでコメダは「くつろぐ、いちばんいいところ」という店舗コンセプトを掲げたのです。

映画を観て、マクドナルド兄弟は「0を1にした人」で、レイ・クロックは「1を1000にした人」だなと感じました。実は、当社の“ファウンダー”加藤さんは、マクドナルド兄弟と似た部分もあれば、レイ・クロックと似た部分もあるのです。

「コメダ」の社名は“米屋の太郎”から来ています。加藤さんの生家は米穀店でしたが、彼は跡を継がなかった。その思いを喫茶店の店名に込めました。喫茶店を始めるにあたり、加藤さんはありきたりのやり方では面白くないと考え、独自性を追求した。たとえば、店の名物メニュー「シロノワール」は、当時世の中に出始めていたデニッシュパンを用いた創作料理です。このあたりは、マクドナルド兄弟的なモノづくり意識です。

一方で、1977年から現在のコメダの基本方針を定めました。飲食に関しても専門のコーヒー専用工場を造り、パン工場も造りました。淹れる人によって微妙に味が変わるのではなく、どこでも同じ味を提供してお客さんに満足していただこうと考えたのです。同時期に始めたFC店の店舗展開もそうで、それにより店舗数が拡大できる仕組みとなりました。

このあたりの発想は、非常にレイ・クロックに似ています。加藤さんが2008年にコメダの全株式を譲渡して退任した当時、コメダの国内店舗数は300店台に達していました。ちなみに現在はさらに拡大し、760店を超える店舗数となっています。映画のマクドナルド兄弟とレイの役割分担のような歴史も、現在の社業と照らし合わせて興味深く観ました。