もっとも、確かに事業者側に多大な労力やコストが発生しなければ、つまり、事業者が大変な費用をかけずに表示することが可能ならば、「A国またはB国」でも、まあよしとしよう。しかし、現実には中小の事業者が並々ならぬ苦労を強いられて、なお「国内製造または海外製造」といった程度の表示しか出てこないとしたら、事業者がそこまで苦労して表示する意義が本当にあるのかと私などは思ってしまう。

こんなおかしな例もある。たとえば、中国産の作物をアメリカで加工して、日本が輸入した場合、その加工食品は「アメリカ製造」か「国内製造」となる。消費者が知りたいのは原産地の中国のはずだが、今度の制度はそこまでは要求していないと消費者庁は言う。ならば、原料原産地表示という呼び名はやめたほうがよいだろう。

このままだと、たとえば、原材料の重量順位の表示が中身とちょっとくい違っているだけでも、法律違反となり、食品の廃棄は増えてしまうだろう。

こういう経済全体や将来に及ぼす想像力を消費者団体に期待したが、検討会では少数派にとどまった。

消費者委員会で「監視」の問題浮上

問題はさらに続いた。

今年3月から、議論の舞台は、消費者庁から諮問を受けた内閣府の消費者委員会・表示部会(委員18人)に移った。ここでも最初から疑問点がたくさん出され、問題点はより鮮明になった。しかし、「全加工食品が対象」という政治の壁は崩せなかった。

とはいえ、そもそも表示が正しいかどうかをチェックする監視活動ができるのかという新たな問題が浮上した。6月の検討会で数人の委員が「原産地を証明する根拠書類を中小の事業者が整え、長く保管するのは困難」などと監視の難しさを訴えたせいか、表示部会は「監視は難しい」との判断を示した。しかし、ではどうするかという解決策は議論されずに終わった。

例外表示については、「全加工食品を対象にするのはやめるべき」という意見も出たが、政府案に賛成する委員も多くいて、事業者側はやむなしの空気だった。

最終的には7月28日、消費者委員会・表示部会が答申を出す予定だが、このまま政府案が通りそうだ。

今後は国際的な整合性問題が浮上か

しかし、実はまだ終わってはいない。日本の表示制度が新たな非関税貿易障壁になるのではという国際整合性の問題があるからだ。アメリカ、豪州、カナダからは意見が届いているが、その内容は明らかになっていない。この問題は非常に重要だが、消費者委員会ではほとんど議論されなかった。私個人の見方では、国産品を誘導するような表示や輸入の原材料にも根拠書類の保管などの負担を求める動きが出てくると、海外からは非関税障壁だという外圧が出てきそうな気配を感じている。

いま振り返れば、諸悪の根源は「国内で製造されるすべての加工食品への義務づけ」だった。消費者団体が足並みをそろえて「全加工食品を対象にする限り、分かりにくい例外表示を認めざるを得なくなる」と全加工食品への義務づけに反対していれば、少しは流れが変わったかもしれないと思う。

ひとつ予言。施行後(2022年4月の見込み)には、表示への問い合わせ、表示ミス、突発事故などで表示対応ができないことによる製造のストップ、食品廃棄の増加などの混乱が予想される。それは全加工食品を対象にした副作用だ。消費者団体はその副作用を甘んじて受ける覚悟をもっていてほしい。

小島正美(こじま・まさみ)
1951年、愛知県生まれ。74年愛知県立大学卒業、毎日新聞社入社。サンデー毎日、松本支局などに勤務。87年東京本社・生活報道部に勤務。95年千葉支局次長、97年生活報道部編集委員。いまも同職。主な担当は食の安全、健康・医療問題。「食生活ジャーナリストの会」(約140人)代表。著書に『メディアを読み解く力』『誤解だらけの遺伝子組み換え作物』など多数。
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