「稼ぐ力」の軸足に注目すると、企業は「オポチュニティ企業」と「クオリティ企業」に分けられます。成熟した日本で主役となるのは後者です。『ストーリーとしての競争戦略』(東洋経済新報社)などの著書がある一橋大学大学院の楠木建教授は、後者の代表例として「ピジョン、ほぼ日、ユニクロ」をあげます。楠木教授の講演抄録、前後編の後編をお届けします――。

※以下は2016年8月の講演「長期利益の源泉を考える:オポチュニティとクオリティ」の抄録です。講演の全編は、慶應丸の内シティキャンパス「クロシング」にて公開中です。

ピジョンは生後18カ月までの商品しか作らない

代表的なクオリティ企業として紹介したいのが、育児用品メーカーのピジョンだ。日本のみならず中国でもトップブランドであり、高い値段の商品でも売れている。売れている理由は一番良い哺乳瓶を作っているから。これだけ聞くとよくある「ものづくりだけの企業」だ。だが、ピジョンは背後にある経営と戦略ストーリーのクオリティが高い。

哺乳瓶というのは、エンドユーザーが商品に対する意志を表明できない商品だ。哺乳瓶を使った感想を言う赤ちゃんはいない。そのため、ユーザーに価値を分からせることは簡単ではない。そこでピジョンは一番重要な顧客接点を産婦人科と定め、共同で研究開発に取り組み、最高の哺乳瓶を作った。それによって、産婦人科の医師が商品の良さを一番分かっている状態になり、親にもうまく伝わっていくという仕組みを作ったのだ。クオリティ企業の「クオリティ」が意味するところは、単なる“モノ”ではないのである。

ピジョンがユニークなのは、18カ月以上の子供に向けた商品を出さないところだ。早い段階で顧客ベースを作り、成長段階に合わせてライフイベントを取っていく戦略もあるが、ピジョンはその逆を行く。理由は、18カ月以降は、言語、食生活、ライフスタイル、宗教といった文化の違いが発生するからだ。逆に言えば、18カ月以前であれば、世界中どこへ持っていっても良い哺乳瓶は「良い」と思われる。開発に投資をしてもグローバルに売れて報われる。その結果として、長期利益を獲得できる。独自の価値があるものを作れば必要とする顧客も増え、売上高が伸びてグローバル化もできるということだ。

日本がクオリティ企業を目指すべき理由

成熟は経済の必然だ。成熟経済下にある日本ではオポチュニティはそれほど自然には発生しない。多くの日本企業はクオリティ企業を目指すべきだと考えている。

オポチュニティ企業はポートフォリオ経営をしており、「こうなるだろう」というロジックを立てる点で「投資」と近い。対して、クオリティ企業は文字通り「事業」のロジックで動く。「こうなるだろう」ではなく、「こうしよう」「こうやって儲けよう」という意思表明としての戦略が勝負のカギを握る。