本書は、インテリジェンスのプロによる安全保障問題をテーマとした本である。安全保障問題に素人である評者のようなエコノミストが読むと、経済を理解するには政治や安全保障の知識が不可欠だと痛感する。政治や安全保障問題に無頓着で、経済にしか関心を持たずに分析しても、表層的な結論しか得られないのである。

評者は1980年から証券会社でマクロ分析に従事したが、日本経済の先行きの予測にはレーガノミクスの分析が不可欠だった。本書によれば、バブル生成の10年となった80年代がスタートするときに、米国は戦後の対日戦略を大きく方向転換させた。つまり、いわゆる「シーレーン構想」を契機に、それまで抑制していた日本の軍事力を、逆に増強させる方向に転じたのだ。「シーレーン構想の真の目的」は、「ソ連に対するアメリカのグローバルな軍事封じ込め戦略の中心的な構成部分」(38ページ)へ転換させることにあった。日本では評者をはじめ多くの人が、日本の生命線である東シナ海における石油の安全確保のためと思っていたが、真実は「欧州におけるソ連の攻勢に地球規模で対応するため、オホーツク海のソ連の潜水艦を攻撃すること」(37ページ)だった。

こう理解すれば、日本の80年代の土地バブル生成と崩壊は自然現象ではなく、今になって「ある意図」が存在していたのだとわかる。評者の理解では、対ソ連軍拡路線で膨れる米財政赤字を、しかもドル高是正プロセス下でファイナンスするには、日本のバブル生成は不可欠だったことになる。そうであれば、ソビエト連邦が崩壊すれば、「冷戦後の情報収集で重要なのは経済分野と第三世界だ」(94ページ)と考える米国だからこそ、「日本経済はCIAの標的になる。このことはCIAが日本経済に被害を与える工作を行う可能性を示唆している」(同ページ)ことになる。ベルリンの壁崩壊が日本のバブル崩壊の引き金を引いたのである。

著者が本書の執筆に当たって優先させた哲学は「事実は語る」(17ページ)だ。もう、「いかがわしい書籍が出て陰謀論を解き、知識階級はますます陰謀論を馬鹿にして遠ざける」(84ページ)悪循環を終わらせなければならない。日本人の知的レベルが問われているのだ。それは「日本はいまだに、戦略的な思考をしません。経済的な観点からものを考えます」という74年のキッシンジャー米国務長官(当時)の台詞(26ページ)からの脱却でもある。

この指摘が以後も生きていることは、2001年以降、郵政改革を日本の構造改革の中心に据えた小泉政策が証明している。

「支援の対象となる円借款の貴重な資金源は郵便貯金であった。しかし、日本は郵政を民営化した。地方、農村、中小企業システムを捨てなければならなかったのであろうか」(250ページ)との著者の問いに対する答えはNOということになる。

著者は日本外交の変質が「90年代初期に生じた」(120ページ)と指摘している。日本はグローバル化をアメリカ化と理解していたことになる。これが本当の「失われた10年」であり、いまだ進行中である。これまでのように「損か得か」で判断することはやめて、「社会が『記者』として生きる姿を評価」(134ページ)しなければならない。本書は日本人一人一人に「意識革命」を迫っているのである。