『ストーリーとしての競争戦略』(東洋経済新報社)などの著書がある一橋大学大学院の楠木建教授は、「稼ぐ力のリアリティは会社の中のひとつひとつの事業にある。会社は事業の入れ物にすぎない。事業が『主』であり、会社が『従』。この主従関係が大切」といいます。楠木教授の講演内容を2回に分けて紹介します――。

※以下は2016年8月の講演「長期利益の源泉を考える:オポチュニティとクオリティ」の抄録です。講演の全編は、慶應丸の内シティキャンパス「クロシング」にて公開中です。

経営は人に依る。法則はない

まず前提として、「商売ごとには法則がない」と言いたい。法則とは、再現可能な普遍的因果関係のことだ。自然科学は自然現象の背後にある法則を解明しようとする。一般相対性理論なら、誰がどういう気分で観測しても同じ結果が出る。だが、経営は自然現象ではない。「こうやればうまくいく」という法則もないのだ。

例えば、ファーストリテイリングの創業者である柳井正さんと、ZARAを展開するスペインのインディテックスの創業者であるアマンシオ・オルテガさんを入れ替えたら、両社ともに相当程度業績が落ちるだろう。人に依らないのが科学。それに対して、経営は人に依る。これが法則がないということである。

私は経営学を研究しているが、科学者ではない。真実法則の探求としての研究ではなく、「こう考えたらいかがでしょうか」という論理を実務家に提供するという仕事である。

論理というのは、「無意味」と「嘘」の間に位置する。ビジネス書を開くと、「意思決定は早くあるべきだ」など自明のことが書かれているが、それらは「無意味」だ。一方で、「こうやればうまくいく」という「嘘」を言う人もいる。法則はない以上、「こうやればうまくいく」ということはない。私が扱っている「論理」とは、法則ではないが、自明でもない、改めて考えてみるべき思考の構えを意味している。

会社の稼ぐ力は「事業」にある

それを踏まえて今日提案するのは、日本が「クオリティ企業大国」を目指すべきだということ。日本企業が抱える経営課題は「稼ぐ力を取り戻す」という、至ってシンプルなものだ。そのためには、稼ぐ力の軸足に注目した類型論として、「オポチュニティ企業」と「クオリティ企業」を対比し、「クオリティ企業大国」を目指すことが、日本の針路になるというメッセージである。

企業における戦略のゴールは何なのか。利益、シェア、成長、顧客満足、従業員満足、企業価値、社会貢献が候補として挙げられるが、これらは全てつながり合っている。そのつながりを考えると、長期利益こそが経営の極大化すべきゴールであるといえる。