筏下りを終えるサインを見逃すな

30代後半が筏下りから山登りへの転換点となる。そのときに必ずサインがある。仕事で手が抜けるようになるのだ。それまでは100%、ときには120%の力を発揮することで、ようやく期待される成果が出せた仕事でも、70%くらいの力でできてしまう。

現実の川もそうであるように、キャリアの川も下流になるに従って流れが緩やかになる。仕事で手が抜けるということは、流れが緩やかになってきた証拠であり、それこそ筏下りを止めるサインなのだ。そのまま続けていると、さらに手が抜けるようになり、50%くらいの力でこなせるようになる。

すると、自分を誤魔化しているのか、上司や会社を誤魔化しているのか、わからなくなってくる。毎日がぬるま湯のような状態であり、「気持ちいいなあ」と何の対処もせずに過ごしていると、最後に筏は何の道標も見えない海に出て漂流してしまう。こここまでくると、もはや手遅れである。

そうならないためにも、筏下りの段階で、次に登るべき山を決める素材集めをしておきたい。たとえば、筏下りの過程で、A、B、Cという3つの仕事を経験したとしよう。自分はどの仕事をしているときが一番楽しいのか、どれが本当にやりたいことなのかを相互に比較しておくのだ。

なかには、「3つの仕事を経験したけれど、どれが自分に合う仕事なのかわからない」と途方に暮れる人もいるはずだ。しかし、こういう人もどこかで「腹決め」しないと物事が前に進まない。選ぶというのは何かを捨てることである。現実の登山と同じく、一度に登れるのはたった1つの山なのだ。

たとえば、「自分はこれまでエンジニアとしてやってきたが、これからはマネジメントをしっかり学んで、管理職として一人前になろう」といった決断を下すとき、恐怖心が湧くのはよくわかる。過去の自分が否定されるような気持ちになるからだ。でも、第一線のエンジニアと管理職を同時に追求すると、結局は“虻蜂取らず”になってしまう。ここはぐっとこらえて、腹決めする時期と心得よう。

筏下りが終わったということは、一人前になったということでもある。しかし、ここに1つの落とし穴が存在する。一人前になると、「次はこうしなさい」と会社は目標を与えてくれなくなるのだ。

日本の会社は教育研修の仕組みが整っており、若い人を採用して一人前にさせるまでは抜群にうまい。しかし、一人前になった人をより一層成長させることは不得手なのである。それゆえ、一人前になった後のプロセスである山登りが、キャリアデザインに成功するかどうかの大きな勝負所になるのだ。

山登りとは、各人各様の個性化のプロセスでもある。日本の伝統芸能の修業の段階を表す言葉に「守・破・離」がある。このうち、「破」が個性化の段階だ。「守」の段階は先人から継承した知恵や技術にオリジナリティを加えていく段階であり、ここが山登りのスタート地点となる。

『30代前半の岐路』でも述べたが、転職ブームのせいか「守」の時期である20代に転職する人が多くいるが、私はあまり感心しない。1つの激流で筏下りをやったほうがいい。その後の30代後半の「破」の段階は、自分のキャリアを自立的に考えていかなければならない時期である。もし自分にとって有効な手段だと思ったら、むしろこの時期に積極的に転職を活用したい。