会社と築地の「物語」を伝え、共有する

【丹羽】先ほど理念の共有というお話もありましたが、玉寿司大学以外にもユニークな取り組みをされているとか。

【中野里】はい。実は2月に「こと~築地寿司物語~」という舞台公演をやりました。私の祖母――戦後の混乱のなか寿司職人として玉寿司の2代目を担った女性ですが、彼女の生涯を描いたものです。豪華なキャストやスタッフ(編注:主演は鳳恵弥さん。他に佐伯日菜子さん、元AKB48で現NMB48メンバーの市川美織さんなどが出演。音楽はTM NETWORKの木根尚登さんが担当)にも恵まれ、おかげさまで1600人以上の方にお越しいただきました。

(左上、左下)2017年2月に築地ブディストホールで上演された、舞台「こと」。中野里社長の祖母、ことさんを描いた内容で、キャスト、音楽など豪華メンバーが参加した。(右)「こと」のパンフレット
舞台「こと」の原作となった『築地玉寿司90年―暖簾4代の物語』(時事通信社)。中野里社長はこの本にサインを頼まれると、必ず「一貫」と書くという。すしを数える「一貫」と「一貫した姿勢」の意味だ。

【丹羽】これはすごいですね。

【中野里】玉寿司の歴史を……というよりも、今いろいろと揺れている築地の原点を、命がけで築きあげた人々を描きたかったということもあります。実際、当時の店は空襲で焼け、祖父は戦死したところからの再出発でしたので。彼女は子どもたちの足かせになることをさけるため、国からの支援も受けずにわずかな私財をなげうってゼロから事業を再建しました。そのいきさつを知っているので、僕もリーマンショック後の時代を同じように、M&Aなどに頼ることなく、のれんと社員を守りながら乗り越えることができたのだと思っています。

【丹羽】源流、物語を共有されることは大切ですね。著名な心理学者である河合隼雄氏も「神話」の重要性を指摘しています。

【中野里】そうですね。ただ社史を年表で見るとか、講演で聴かされるというよりも、共感してもらいやすいと思います。もともと時事通信社から出していただいていた祖母の伝記を元にしたものなのですが、舞台プロデューサー、演出の方からも大いに共感していただいて舞台化が進みました。

社員の高齢化にどう対応するか

【丹羽】そういった価値観が共有されているからこその、極めて低い離職率なのですね。

【中野里】そうですね。玉寿司よりも高い報酬を提示されて、いったんはよそに移った職人さんも、「やっぱり玉寿司の方が良かった」と戻ってこられる方も結構おられますね。

一方で、長く働いていただけるということは、どうしても高齢化が進むということでもあります。玉寿司でも、定年を迎える社員が増えてきており、退職金の比率も高まっていますね。また、現在勤務している社員の中でも、体調を崩す人も増えていますし、当然生産性も落ちてきます。これは日本全般に言えることですが、人手不足・財政負担ともなりますね。

【丹羽】具体的に何か対策を打たれていますか?

【中野里】毎日今までのようには働けない。けれども自分の技術を生かして、寿司を握り続けたい、という人には雇用契約を変え、週3回の勤務でお願いしているケースもあります。もちろん、ファンがついている方など、われわれとしてはその方の能力を見極めてから、ということにはなりますが。