2017年6月30日(金)

蕎麦屋が汁をこぼさずに出前できるワケ

世紀の大発明、その名は「出前機」

dancyu 2015年11月号

文・北尾トロ 撮影・金子山

誰もが一度は目にしたことがあるはずだ、バイクや自転車の荷台で揺れる緑色のマシーンの姿を。その名前は……出前のときに使う、あれだよね、あれ。おそらく、そんなふうに記憶に留めているに違いない。発明から半世紀以上。日本の蕎麦文化を変えた“あれ”について話すときが来たようだ。

見よ、あふれんばかりの機能美を。ブリキのおもちゃを想起させるレトロな佇まいを。これこそが、蕎麦屋の出前を一変させた大発明、出前品運搬機(通称・出前機)の全貌だ。

見たことがない? いやいや、そんなことはないはずだ。最近でこそ出前をする蕎麦屋も減ってきたが、まだまだ現役バリバリ。蕎麦屋の前を通れば、ホンダのカブや自転車の荷台に鎮座する出前機を目にする機会は少なくない。あまりにも普通だから記憶に残りにくいだけだ。いささか据わりの悪いデザインも、荷台に載せれば乗り物と一体化し、抜群の安定感を発揮する。

「初期からこのデザイン。バイクのサイドに岡持ちを下げるものなど、幾つかタイプがありますが、蕎麦屋とくればこの1型出前機が定番です」

出前機の製造と販売を手がけるマルシンの森谷庸一社長が目を細める。業務用調理道具を幅広く扱うマルシンは、ずっと出前機をメインに商売をしてきた。そもそも、このために会社をつくったそうだ。

「シンプルで頑丈だから、買い替え需要はそんなにないんですよ。交換部品も取り扱っていますから、お店のほうで部品交換もできるんですね。だから今は、出前機をどんどんつくっているという感じじゃないです。ところで、これで運ぶと汁がこぼれない理由、わかりますか?」

そこだ。長年の疑問だったのである。いくら慎重に運転しても、道路にはカーブもあれば信号もある。路面の微妙な凹みも至る所に出没する。それなのに、前後左右、そして上下の揺れを潜り抜け、蕎麦は無事に届けられる。ラップをかけているから程度の理由じゃ説明がつかない。ではなぜ? 難問だ。

「コンビニでおでんを買ったと考えてみてください」

森谷社長が言う。さっそく、コンビニでおでんを買った姿を思い浮かべてみる。

「手に持って運ぶと汁がこぼれやすいですよね。でも、ビニール袋に入れて運ぶとこぼれにくい。それと同じ原理なんです」

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北尾 トロ