労働力人口の減少、労働者のワークライフバランス重視への意識変化、残業規制をはじめとした長時間労働是正への政府の動きなど、日本の企業経営を取り巻く環境の変化は速く、厳しさも増している。このような状況の下で優秀な人材を獲得し、業績を伸ばし続けるには、ワークスタイルを変革していくことが効果的であり必要である。ではそのために具体的にはどうすればよいのか。

本稿では社員のQOL(クオリティ・オブ・ライフ=生活の質の向上)に注目して、働き方の多様化を許容し、生産性を向上する取り組みについて、多くの企業の働き方の現状を知悉する二人の社長に、経営視点からワークスタイル変革への課題や取り組み、展望について対談していただいた。一人は、1000社以上の中小企業に向けて人事評価制度関連サービス事業を展開する、株式会社あしたのチーム 代表取締役社長の高橋恭介氏、もう一人は、残業を減らし業績を上げる働き方見直しコンサルティングを1000社以上に実践し、産業競争力会議民間議員も務めた、株式会社ワーク・ライフバランス 代表取締役社長の小室淑恵氏。

株式会社あしたのチーム
代表取締役社長 高橋恭介
大学卒業後に入社した興銀リース株式会社でリース営業と財務を経験した。2002年には当時ベンチャー企業だったプリモ・ジャパン株式会社に入社し、副社長として人事業務に携わる間に、数十人から500人規模に成長させた。この経験を生かして、2008年に株式会社あしたのチームを設立し、代表取締役に就任。「はたらく人のワクワクを創造し、あしたに向かって最高のチームをつくる。」を企業理念として、1000社を超える中小/ベンチャー企業に、人事評価制度の構築・運用サービスを提供する実績を持つ。

【高橋氏】給与査定のために人事評価をするというのが、一義的には当然ではありますが、それだけではもったいない。人事評価制度は、人材育成に資するものであるべきという考えが根幹です。査定ツールという観点では、終身雇用・年功序列を背景とした曖昧な最終賃金との連動から脱皮が必要。経営側は、会社の数値目標から個人個人の目標に対する評価を全て数値化した人事評価のテーブルを社員に公開し、獲得した評点をそのまま給与に連動させて「あなたは何点取れば給与がいくら上がる」ということを約束することです。この評価は相対評価ではなく絶対評価をする。少し厳しいという見方もありますが、(絶対評価による)マイナス査定があるからこそ、本当の意味で公平な差をつけることができます。生産性向上は掛け声だけではできません。働き手に対して痛みもあれば恩恵もある評価制度によってこそ、高いレベルの動機付けが可能なのです。その意味で、単なる残業削減ということではなく、自分たちが褒められて生活も豊かになる、まさに評価制度で給与が上がることはQOLの原点だと思います。

――従業員の定着や人材の獲得において、企業はQOLをどのように考えていくべきか

【小室氏】QOLという言葉を、いままでの経営者は、余力があるときに社員に優しくしてあげるというような、福利厚生の領域で捉えていたと思います。しかし、いまこれだけの売り手市場で人材の奪い合い時代になってくると、QOLは経営実績を積むための最低限の条件であり、これが提供できなければ人材が集まらないどころか流出していくことになりますから、経営の一番の責任分野になってきたといえます。いままで企業は見向きもしなかったような、介護中、育児中、フルタイムで働けない、週5日出社できないといった人でも、能力さえ持っていれば、そうした就業条件は最大限譲歩して来てもらわないと人は確保できなくなっています。確保できる人材の量が受注できる仕事の量に直結する事態は、いままさに建設業で起きています。こうなると、企業成長を阻害する最大の要因は人材獲得力です。QOLという言葉をいかに厳しく捉えるか、経営そのものの責任と捉えるかが大事なポイントです。

【高橋氏】小室社長が仰ったことは、あしたのチームが非常に大切に考えていることで、クライアントにもお話ししています。終身雇用を前提とした年功給は、その人がそのとき働ける価値を支払うのではなく、何年か働いていくと貯金となって、ある一定の年収に達するとその貯金を崩すというものです。在籍し続けることで社内価値が上がり、賃金も上がっていくのは男性が世帯主で無制限雇用を前提としているためで、そこから外れると非正規、いわゆる弱者になってしまいます。ベンチャー企業では過去も今も女性が活躍していることが多いですよね。その理由は“時価”で評価してくれるからです。言い換えると、企業年金や退職金は手厚くないが、その時点のパフォーマンスに対する評価を月額で支払っているからです。そのうえ、会議が少ない、おじさんたちに気を遣わなくていい、やりたいことがやれる、そんなところにモチベーションを感じて働いています。私たち、あしたのチームも「いまこの瞬間の働きぶりをきちんと正当に評価しましょうよ」という、時価で評価する発想で取り組んでいます。

まだ大企業には「あなたはいま頑張っているけど、まだ3年目だから」という考えがあります。しかし、世の中の流れは、時価評価に向かっていると思っています。象徴的な例としては、当社のクライアント1000社のうち70パーセントほどの企業が、四半期ごとに人事評価をし、年2回の給与改定を行うことに賛同いただいています。従来の日本企業と比べると倍速でPDCAを回していることになりますね。

――“時価”で働きぶりを評価するうえで、残業時間などはどのように扱われるのか。具体的に知りたい

【高橋氏】成果目標といわれる数値化できる評価を給与に直結させた上で、残業時間が短ければ点数が上がり、残業が長ければ点数が減る仕組みを持たせます。本当の意味での利益貢献、働き方も加味した総労働時間における生産性を、会社として計測していく仕組みを設けて見える化するということです。残業時間短縮には営業担当などの反発もありそうですが、こういう仕組みはある種のゲーム感覚で、きちんとしたルールに基づいて賃金が決まるようにすれば、短く働いて高い成果を出す人が社内で称賛されるようになります。創業時からのお客様に、こうした人事評価制度の導入で、総労働時間は減り生産性が30パーセントも上がったという事例があります。

株式会社ワーク・ライフバランス
代表取締役社長 小室淑恵
安倍内閣 産業競争力会議民間議員、経済産業省産業構造審議会、文部科学省 中央教育審議会などの委員を歴任。900社以上の企業へのコンサルティング実績を持ち、残業を減らして業績を上げる「働き方見直しコンサルティング」の手法に定評がある。著書に『労働時間革命』(毎日新聞出版)『6時に帰るチーム術』(日本能率協会マネジメントセンター)等多数。「朝メール.com」「介護と仕事の両立ナビ」「WLB組織診断」「育児と仕事の調和プログラム アルモ」等のWEBサービスを開発し、1000社以上に導入。私生活では二児の母。

【小室氏】いままでなぜ残業していたかといえば、残業にインセンティブがあってそれを誘導する仕組みがあったからだと思います。日本の成果主義は、月末や年度末などで締めたときの質×量の最大化であって「期間あたり生産性」です。しかし、時間は高いコストなんです。海外では労働時間に上限があり、インターバル規制もあるので、単位時間内にどれだけ質×量を上げたか「時間あたり生産性」を成果主義と呼ぶんです。日本では期限までに体力が尽きない人が営業成績トップという形になってしまった。企業側が期間あたり生産性を評価する指標を用意することで、時間あたり生産性がまったく度外視された働き方を助長してきたというのが実際のところです。

――テレワークや在宅勤務など働き方の多様性について

【高橋氏】4年半前から徳島県の三好にサテライトオフィスを置いています。よくサテライトオフィスでは、東京で採用したIT従事者を配置する例が紹介されたり、マネジメントが難しいなどと言われます。ですが、「人の地産地消」といいますか、テレワークを中心として考えて地元の人たちをそこで雇用できるという、いまの売り手市場の中での企業側のメリットは非常に大きいのです。対顧客のサポートの最前線業務を徳島でやっていますが、いまや人材輩出の拠点になっていて、徳島で採用した社員は辞めず、関西に出たり、東京に来たり、沖縄にも徳島出身の社員がいます。そうした社員はどんどん自分の市場価値を上げていくために、もっとクオリティの高い仕事がやりたいと能動的にステップアップしていきます。月に1回も外出しない社員が1人でもいるなら、その会社はサテライトオフィスやテレワークの取り組みを真剣に考えるべきだと思います。

――あしたのチーム社には、先日「HP Elite x3」の試験導入(http://president.jp/articles/-/22276)で協力いただいた。ITデバイスの活用についてどう考えるか

【高橋氏】管理職がそういったモバイルデバイスを利用することの効果は非常に高いと考えています。私は4年くらい前からノートパソコンは持ち歩いていません。ただこれには弊害もありまして、送られてきた資料をチェックしたとき、修正ができないので、メールへの返信や口頭で指示を出しています。その点、(Windows 10 Mobileを採用している)「HP Elite x3」なら、パソコンとまったく同じように作業できるので、同じ時間でWordでもExcelでも資料を修正して返すことができますよね。いまは新幹線だけでなく飛行機内でもWi-Fiが使えますし、この生産性向上効果は結構大きいのではないでしょうか。また、営業でも上位者はパンパンに膨れた大きなカバンを抱えていって客先でパソコンを開くというようなことはせず、カバンにも靴にもこだわっていただいて、お客様のところにあるテレビやディスプレイに「HP Elite x3」をつないで、サッとプレゼンするような、スマートな営業する世界を目指しています。

「上位者は格好良く、スマートに営業する」というのは中小のベンチャーにも刺さるはずです。実は経営者ほど資料を作っておらず、データベースアクセスもしません。資料は現場が作り上げているので、ITリテラシーが低いのが現状です。ITの進化は非常に速いですし、経営者が「HP Elite x3」のようなデバイスを使いこなし、現場のレベルまで降りていって、情報をつかんでいくことが、業務の生産性向上につながるのではないでしょうか。結局、“経営者が自分で使ってないからよく分からない”というような、シンプルなところにスタックの要因がある気がします。

セキュリティに関しては、一定の運用コストをかけて徹底的にやります。運用コストは、初めは高いのですが、どんどん低減化されます。その一方で、ITツールは慣れれば慣れるだけ効率が上がっていくので、そのうち運用コストよりも効率化のメリットが上回ります。中小企業やベンチャーこそ、こういうITツールに積極的に挑戦して取り組むべきだと思っています。

【小室氏】私も「HP Elite x3」を使わせていただいたのですが、メールに添付されている圧縮ファイルをそのまま開いて見ることができて、とても便利でした。ITデバイスを日ごろ触れていない経営者の方たちは、現場の方がちょっとしたファイルの上書きができないとか、メールを携帯に転送していたら資料が圧縮ファイルで届いて開けないから、それを確認するためにわざわざオフィスに戻っているというようなことが分かりません。私たちがコンサルティングに入ると、「まさかそんなことで残業していたのか」と驚かれることが多いんです。管理職が積極的に「HP Elite x3」のような最新のITツールを使うようになれば、いままで見えなかったそういう細かいところが見えるようになり、「これができるようになるだけで、残業時間がこんなに減るのか」ということが分かって、生産性の向上につながってくると思います。

「いま外形的な長時間労働是正だけが進んでいるが、そこは手段であって目的ではない。本来の目的はクオリティ・オブ・ライフ、アウトプットを時価で評価されるという安心感の中で削減しないと本質的に進んでいかないのではないか」(高橋社長)
「企業内の働き方改革における阻害要因は、過去に当時のやり方で成功した体験の強さ。それを持つ方が意志決定層にいるのでなかなか新しいところに踏み出していけない」(小室社長)

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