社内でたくさんの女性が活躍しているけれど、よく見ると女性が働ける職場は限られているというケースも少なくありません。女性は長く続けるのが難しかった職種でも働き続けられるよう、制度・意識・働き方を一新した東急リバブルの事例を見てみましょう。

「女性は多いけど職種が限られる」そんな風土を変えるには?

●家を決めるのは妻なのに、営業は男性ばかり

女性は残業や土日出勤を苦に、出産を機にやめていた

●育児と両立させるための仕組みがなかった!

「不動産業界の営業」といえば、男性が多い職種の代表でもある。2004年に不動産仲介大手の東急リバブルに入社した亀村加代子さんの辿った道筋は、まさに同社のダイバーシティの流れに乗ったものだった。

賃貸物件の営業でみるみる頭角をあらわした亀村さんは、やがて「賃貸物件だけでなく、売買物件も手がけてみたい」と思うようになる。

ところが売買は賃貸よりも手続きが複雑なうえ、金額も大きい。そのため総合職でなければ扱えないのが会社の決まりだった。賃貸職(専任職)として入社した亀村さんは、途中で総合職にコース転換することも認められなかったという。

「そのころ東急リバブルには女性の売買仲介職がひとりもいませんでした。過去には何人かいたようですが、たくさん契約をとろうと思うと、昼間は営業に集中し、事務作業は夜にまわすことになる。お客さまのなかには対応が難しい方もいます。そうなると精神的・肉体的にきついので、退職する女性も多い。その結果、女性の売買仲介職の採用を行っていないときがあったようです」(亀村さん)

月島センター 副センター長 亀村加代子さん

しかしもっと挑戦したい、不動産を極めたいと思うようになった亀村さんは、女性でも売買の仲介ができる会社へ転職することを考えはじめる。そんな矢先、社内の交流会で売買の部署の人と話す機会があった。将来のビジョンを聞かれた亀村さんは、「売買をやってみたい」と即答。するとその人が、「今後は女性の売買仲介職を育てようという動きがあるんだよ」と言う。そこで亀村さんは賃貸職から総合職となり、念願の女性売買仲介職として働きはじめることを決意した。

やがて14年の月島センター開設と同時にチームリーダーとして配属され、15年には副センター長に昇格。実質的にひとつの営業所を任されるまでになった。

このように亀村さんが能力を発揮できるようになった背景には、同社で12年から始まった「ポジティブ・アクション」という業界初の女性活躍推進の取り組みがある。