2017年6月16日(金)

日本人はいつから焼鳥を食べていたのか?

卑弥呼?聖徳太子?信長?大奥?

dancyu 2015年7月号

文・土田美登世

日本人っていつから焼鳥を食べていたのだろう? 卑弥呼? 聖徳太子? 信長? はたまた大奥のお女中? 誰も調べようとしなかった焼鳥の日本史。焼鳥ハンター・土田美登世さんがおいしく教えます。

~室町時代

▼日本の夜明け。焼鳥はアンダーグラウンドだった!?

焼鳥とは言うまでもなく「焼いた鳥」である。その歴史を紐解くにあたって大きなポイントとなるのは、その鳥が鶏なのか? それ以外の鳥なのか? ということだ。今でこそ焼鳥の鳥は100%鶏を指すが、鶏を日常的に食べたという公の記録は江戸時代になるまでほとんどない。鶏は天照大神が岩隠れしたときの神話に出てくるほどの神にまつわる鳥である。食べるなんてとんでもない、ということなのだろう。奈良時代以前の肉食禁止令にも、鶏を食べちゃいけないよ、としっかり書いてある。

では焼鳥は存在しないのかというと、焼いた鳥なのだから、そりゃ何かあるだろう、と想像できる。そしてその想像は、遥か昔の日本の風景に向かう。生い茂る木々には何種類もの野鳥が飛んでいた。野鳥を捕まえて焼いて食べる。これが焼鳥の原点だろう。つまりジビエのグリルだ。正式な記録にもスズメ、ウズラ、シギ、ガン、キジなどを食べていたとある。特にキジは上流階級のご馳走であった。焼鳥の夜明けはなかなか滋味深い。

安土桃山時代~江戸時代

▼こっそりならばOK? 食鳥文化始まる

今の焼鳥の原型が出来上がったのは江戸時代と見られている。串に刺した焼鳥が文献に登場したのもこの時代だ。その鳥が鶏かどうかは不明であるが、おそらく野鳥だろう。では鶏はというと、『古事記』に登場して以来約1000年、神にゆかりのある鳥として崇められ、愛玩用、観賞用の鳥として飼われていた。食用としては変わらず禁止されていたが、キジ科で美味であることに間違いはないし、1000年という長い年月の間にはおそらく庶民レベルで密かに食べられていたであろう。

そんな「密かに」からじわじわ「堂々と」食べられるようになった経緯は鶏の肉よりも卵の存在に注目したい。江戸中期には採卵目的の養鶏が盛んになったのだ。特に幕末期には仕事が減った武士たちが養鶏を始めた記録があり、それは「サムライ養鶏」と呼ばれた。養鶏が盛んに行なわれるようになると当然鶏は増え、今度は卵を産んだあとの鶏はどうするか? が問題になるはずだ。となると言わずもがな、食べたくなるだろう。こうして「卵が先」で鶏肉が食べられるようになっていった。

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土田 美登世