久慈さんの呼びかけをきっかけに、全国的に「東北のお酒を買って応援しよう」という動きが広がりました。一ノ蔵も寄付金付きの「一ノ蔵 特別純米生原酒 3.11未来へつなぐバトン」の販売をはじめ売り上げ全額を寄付しています。今年も600万~700万円余りを被災地の子どもを支援する団体に寄付することができました。女川でのコラボスクール、放課後学習などの活動に生かされています。コラボスクールは女川の子どもたちの7割以上が通っているのですが、そこで出会ったボランティアのお兄さん、お姉さんのように自分たちも大学に行きたい、勉強したい、という風に言ってくれるそうなんですね。10年、20年後にはあそこから素晴らしい人材が出てくるはずです。

(左)「一ノ蔵 特別純米生原酒 3.11未来へつなぐバトン」の売上をすべて、被災地の子どもの支援のために寄付している。(右)女川のコラボスクール。

一ノ蔵の「バトンを渡す」

【丹羽】創業家が代々、代表を持ち回りで担っておられること、日本酒の伝統を守り、時には戦いながら受け継いできたこと、そして被災地の子どもたちの未来へと寄付を続けておられること、共通するのは「バトンを渡す」ということかもしれませんね。

【鈴木】なるほど、そうかもしれません。そういう観点では、「『家業』から『企業』へ」というのが一つのテーマになりそうです。われわれの父親たちは、わたしたちに対してうまくこの2つの文脈を使い分けて話をすることが多いのですが、震災からの復旧も一段落したなか、われわれも次の世代に対してどのようにバトンを渡すのかを考えたいタイミングではありますね。

【丹羽】先ほど「下りのエスカレーター」という例えがありましたが、日本酒そのものは海外での人気もあって、いま登り調子なのかなという印象もあるのですが。

【鈴木】国内市場は、女性に日本酒の需要が広がったり、先ほどの震災特需があったりして、カーブは緩やかにはなっているもののやはり減少傾向が続いています。一ノ蔵は有り難くもリーマンショックまでは、売上が伸びていたのですが、その後はやはり減少です。これは小売りの酒屋さんが減っていることが大きいかなと考えています。

一ノ蔵は他のメーカーと比べても、自前での「顧客接点活動」に力を入れているという自負があります。コンビニなど、日本酒を販売している場所の数(酒販免許数)自体は増えているのですが、一ノ蔵のような地方の中堅ブランドは、店員さんによる対面販売や試飲の機会があることがとても重要なんです。

一ノ蔵を楽しむ会

世界中でアルコール消費が減る中、日本酒はどうする?

【鈴木】実はアルコール飲料全体の市場縮小は、世界的な傾向です。ドイツではビールが、フランスでもワインの消費量が落ちています。こうした背景もあり、今後は日本酒の輸出も重要になってきます。流通のスピードが上がったため、日本酒の輸出量は2桁パーセントずつ増えているのですが、一ノ蔵はその波には乗り切れていないというのが現状です。

おかげさまで「一ノ蔵」というブランドは全国で知っていただけるようにはなりました。けれどもブランドの認知度に対して、会社の事業規模は20億円程度と、頭でっかちとも言える状態にあるのが現状です。あくまで手造りにこだわっていますので、宣伝費をかけて大々的に売り、もっと売上を伸ばすというわけにもいきません。そのバランスをどう取っていくのかは経営上の課題でもあります。

【丹羽】なるほど。そのあたりをどうしていくのか、というのがコーチングの課題として設定できそうですね。

【鈴木】そうですね。私の前任の松本社長の娘さんが、蔵人(くらうど)として一ノ蔵に入社したばかりです。一ノ蔵を次の世代にどう受け継いでいくのか、せっかくの機会なので考えてみたいと思います。