「アイロニー」と「ユーモア」で思考する技術

ここから本書は、ラディカル・ラーニングためのテクニック、すなわち、「アイロニー(=ツッコミ、根拠を疑うこと)」と「ユーモア(=ボケ、見方を変えること)」という二種類の思考スキルへの考察に入っていく。

著者は、この二つの思考スキルを、場からわざと「浮く」ための方法論として提示している。その意味で本書は、『「いき」の構造』(九鬼周造)ならぬ「浮きの構造」を哲学する内容にもなっている。

和気あいあいと話しているなかで、そのノリの根拠を疑うようなことをいう(=アイロニー)。何かの話題を話しているなかで、別の見方を差し挟む(=ユーモア)。深く勉強するためには、この二つのステップを踏んで、わざと浮いてみなければいけない。

<勉強によってノリが悪くなる。キモくなる。小賢しくなる。勉強する以上、それは避けられない。それが嫌であれば、勉強を深めることはできない>

アイロニーとユーモアというペアの道具立ては、勉強のテーマを見つける方法としても有効だ。実際、第3章では、仕事や結婚、アニメといった生活現場から「勉強の芽を育てる方法」が具体的に説明されている。

本書の勉強論は、思考スキルとしても、具体的な実践場面でも、アイロニー→ユーモアという段階を経る。アイロニーの段階では、根拠を疑い、深く考える。でも疑いすぎると、自縄自縛になる。それを回避するために、発想を横にズラしていくユーモアによって、別の可能性、別の発想をたくさん考えられるようになる。

が、さらにその先がある。それが本書のもうひとつのキーワードである「享楽的こだわり」を分析し、変化させていく段階だ。

勉強をしようと思うと、「あれもこれも」とキリがなくなる危険性が待ち受けている。英語も歴史も社会学も勉強したくなってくる。さらに英語、歴史、社会学のなかにも、さらに個別のテーマがたくさんある。そのなかで、とりあえず何かを勉強してみる。その「仮固定」を後押しするのが、自分に固有の「こだわり」だ。