【「老醜」がわからなくなった時が「老醜」】

周囲におだてられて、すっかり銅像を建てる気になってしまった財界人について、著者が記した文章の一部を紹介します。

死ぬということは、世俗の一切から脱出して、天地の巨室に永眠することにほかなりません。それなのにわざわざ、正何位勲何等前何々などと刻み込まれてはやりきれません。「アルツール・ショーペンハウェルの墓」とだけ記しているほうがむしろ好ましいと思えてなりません。

在原業平(ありわらのなりひら)の歌う「白玉か 何ぞと人の 問いしなば 露と答えて 消(け)なましものを」という心境くらいはもっていたいものです。

『「帝王学」がやさしく学べるノート』伊藤 肇 (著)プレジデント書籍編集部 (編集)プレジデント社

とにかく、生きているうちに銅像を建てるなどという愚行は、一刻も早く思いとどまってもらいたい。事業家、財界人としての実績を思えば、残念でなりませんでした。

しかし、ほどなく当人から電話がかかってきて、「銅像など、建てるつもりはない」ということでした。あたかもその日、イタリア・ネオリアリズム映画の監督、ロベルト・ロッセリーニの訃報とともに箴言が紹介されていました。

「私は銅像になりたくない。世間はたぶん、私が台座の上でポーズをとることをお望みかもしれないが、私はそんなところに上がりたくない。記念碑にはなりたくないのである」

これらを読むと、現在の首相に一番欠けているところは何かがわかるのではないでしょうか。

※本連載は『帝王学がやさしく学べるノート』からの抜粋に、修正・補足を加えたものです。

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