「マニュアル」で職人気質の文化を改革

和歌山出身の若手ビジネスパーソンが都内で集まった。

一番の問題は社内に職人気質の文化が残っていたことです。新人の蔵人が酒づくりを学びたいと思って麹室に上がっていくと、ベテランの杜氏が「何しに来たんや」と言う。新人が「麹の仕込みを見たくて」と答えると「任せた仕事はやったんか」と。「やりました」と答えると杜氏は「なら、あの仕事はどうや」。「やっていません」と返事をすると、「それ終わらせてから上がってこい」。新人が仕事を終え、麹室に上がったときは作業が終わった後で、誰もいない。そんなことが何回か続くと、新人は「教えてくれる気はないんだな」とわかります。

昔は季節ごとの契約だったため、ベテランが自分より給料の安い若手に技術を教えてしまうと、翌季は自分がお払い箱になってしまうので、教えることはなかったのです。

まず、ベテランに対して、うちは正社員雇用しているから今までの職人気質の文化を変えていかなければならないと教えるところから改革を始めました。その後、新人が最も知りたいと思う麹やもろみの仕込みに関する情報を開示し、日本酒の製造マニュアルを整理しました。こう言うと「マニュアルで仕込むんですか」と聞かれることがありますが、基本的なことをマニュアルで共有すれば、時間に余裕ができて他の技術が向上していく。今まで10年かかった技術が3年で身につくこともあるのです。

日本酒業界は国内出荷量が1972年をピークとして45年間縮小してきた長期衰退産業です。日本酒にまつわるフレーズは、肉体労働、中小企業、地方などネガティブなものが多いのですが、見方を変えればチャンスがあります。

今一番やりたいのは日本酒の価値のイノベーションです。同じラベルでも、ガード下で飲むのとNYのスタイリッシュなバーで飲むのとでは見える世界が違います。もちろんガード下で飲むのも楽しいし、実際自分も好きで飲みに行きます。だけど、日本人の日本酒に対する固定観念を壊したいと思っているのです。

私が2015年から青山ファーマーズマーケットで「AOYAMA SAKE FLEA」を主催してきたのも、東京のおしゃれな街で、日本酒が素敵な飲み物であることを体験してもらいたいから。20代、30代の若い蔵元に呼びかけて、2000~3000人のお客さんを集めました。ほかに和歌山県立近代美術館とのコラボなど、これまでになかったシチュエーションで日本酒を楽しんでもらうイベントを仕掛けています。

また海外でのPR活動にも力を入れています。元サッカー日本代表で日本酒にも造詣の深い中田英寿さんと一緒にイタリアへ行き、日本酒を宣伝してきました。日本酒の輸出が伸びていると言われますが、まだまだです。フランスのワイン輸出額が年間1兆円規模なのに対して日本酒のほうは100億円ほど。もし日本酒がフランスワイン並みの1兆円産業になれば、日本の農家も潤います。私はそこに大きな価値を感じています。

山本典正
1978年、和歌山県生まれ。京都大学経済学部を卒業後、東京のベンチャー企業を経て実家の酒蔵に入る。大手酒造メーカーからの委託生産や廉価な紙パック酒に依存していた収益構造に危機感を覚え、革新的組織づくりと、自社ブランドの開発・販売に力を入れる。また、全国の若手蔵元の協力のもと、日本酒試飲会「若手の夜明け」を立ち上げるなど、日本酒業界を盛り上げるために奔走。著書に『ものづくりの理想郷』、共著に『メイドインジャパンをぼくらが世界へ』がある。