逃げなかったから得られたもの

わが身を振り返って、困難から逃げなかった例を挙げておくと、部品メーカーからの仕入価格の値下げ交渉に関し、こんなことがありました。私が掲げた価格目標は従来から15%の大幅削減。常識的には、相手はとても呑めない高いレベルです。担当部署が一生懸命あれこれ頑張ったものの、目標には到底及びません。

しかし、会社再建のためには絶対達成しなければならない目標。そこで私は自ら相手企業を訪ねたのです。トップとしての裁量を武器に必死に交渉した結果、ついに相手の社長さんの了解を得ることができました。

そのとき、相手の社長さんに言われた一言が、いまでも印象に残っています。

「今日、あなたは徒歩で来られましたね」

『日本電産 永守重信社長からのファクス42枚』(川勝宣昭著・プレジデント社刊)

相手企業の所在地は福井県。片田舎の駅を降りて、私は歩いて行きました。普通なら社有車を出して、部下に運転させて行きたいような遠隔地です。しかし私は、社員には「俺1人で行く。車を出せば無駄な経費がかかるし、君たちも一緒についてくるような時間があったら、そのぶん別の会社に行って値下げ交渉をやってくれ」と言い置いて、1人きりで交渉先に向かったのです。

相手の会社は、門を入ると社屋に到達するまでに、しばらく道があります。その道を歩いて玄関に着いた私は、受付のブザーを押しました。その様子の一部始終を、相手の社長さんは社長室から眺めていたのでしょう。それが先ほどの一言につながったのです。その社長さんはさらにこう述べられました。

「実は2、3日前には御社のライバル会社の社長さんが、やはり値下げ交渉に来られたんですよ。ただし、黒塗りの運転手付きの車で来られました。そして値下げしてくれと言う。私は全然返事をしませんでした。黒塗りの運転手付きの車で来るような余裕のある会社に、なんでウチのような、吹けば飛ぶような中小企業が、値下げ協力しなければならないんですかね。

ところが、今日あなたは1人で、徒歩で来られた。びっくりしました。先ほどからお話を聞いて、あなたの必死な気持ちと姿勢が、よく分かった。だからこちらも協力しようという気持ちになって、OK したのです」

この社長さんも、永守社長と同じ視点を持ち、相手を判断していたのでしょう。困難から逃げずに真摯に立ち向かったことで得ることができた結果でした。

※本記事は書籍『日本電産永守重信社長からのファクス42枚』(川勝宣昭著)からの抜粋です。

(gettyimages/Bloomberg=写真)
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