印鑑について誤解が多いのは、三文判と実印との違いだ。双方の法的効力に何ら違いはないのである。弁護士と委任契約を交わす際も、相手から「実印じゃないとダメですか?」とよく聞かれるが、弁護士の契約であれ何であれ三文判でいい。なかには、印鑑を強く濃く押すのと弱く薄く押すのとでは効力が違うと思っている人もいるが、そんなことはない。

実印が必須とされるのは、「一定の方式を必要とする法律行為=要式行為」を行う場合だけ。例えば、不動産所有権の移転がそれに当たる。法務局で名義移転などを行うには、実印をついた委任状と、その人の実印である証拠として印鑑証明書を添付しないと登記の移転はできない。司法書士に依頼する場合も同様だ。

公正証書を公証役場でつくるのも要式行為に当たる。本人の場合は実印と印鑑証明書が、本人でなければ実印をついた委任状と印鑑証明書が必要だ。遺言書は公正証書か、もしくは自筆証書で作成する。自筆証書は最初から最後まで全文自筆。同じく自筆の日付と署名、さらにハンコがなければ無効となる(民法九六八条)が、公正証書と違って実印でなくともよい。ワープロで書いたものや、録音テープ、ビデオはいずれもこの「一定の方式」に当たらないから、遺言としては認められない。

重要なのは、ハンコをついたかどうかではない。契約があったかどうか、お金を借りたかどうかだ。連帯保証人になる場合も、所定の欄にサインすれば、ハンコをつくまでもなく契約は有効となる。欧米ではサインのみだが、日本には印鑑を押す風習があるという違いがあるだけなのだ。

よく、印鑑1つで怖い目に遭う……などと言うが、本末転倒であろう。ハンコをつくのが怖いのではなく、保証人になることが怖いのである。

※すべて雑誌掲載当時

(構成=西川修一)