2017年3月24日(金)

油揚げは、江戸時代から「庶民の味方」

dancyu 2015年7月号

撮影・宮濱祐美子

気軽に使えて、おいしくて、腹持ちもよくて、とても頼りになる油揚げだが、いつ生まれ、江戸時代にはどんな存在だったのだろうか。エッセイストの平松洋子さんが、時代考証家の山田順子さんにお話を伺った。

【平松】時代考証をご専門にやっていらした中で、ご自分でパッと思い浮かべる油揚げの情景にはどんなものがありますか。

【山田】時代劇では、油揚げが主役の料理というのは、これまで一回もなかったですね。揚げ出し豆腐なら、幕末が舞台の「JIN―仁―」というドラマで、ヒロインの咲さんと仁先生の愛のシンボルとして扱われたんですが。

【平松】その頃は、薄揚げもあったようですね。

【山田】薄揚げもあったし、厚揚げもあった。豆腐屋さんが自分の店で揚げて容器に詰め、天秤棒で担いで売りに来て、庶民も普通に薄揚げを買っていました。当時の庶民の長屋の狭い台所じゃ、揚げ物は無理だったんです。

【平松】揚げ油に使ったのは菜種油ですか?

【山田】最初の頃は胡麻油、その後は菜種油になり、江戸の後期になると綿実油。江戸の初期と幕末の頃では、油が違うから油揚げも相当違っていて、色もどんどん白くなります。

【平松】当時、油は庶民にとって高嶺の花的存在だったんですよね。また、油に慣れていないからだと思いますが、当時の文献を見ると、何度も油抜きをしています。

【山田】江戸初期は胡麻油を、食料品というより灯明(とうみょう)、行燈(あんどん)などに使っていました。武家や大店は油を使えたけど、庶民は松脂(まつやに)なんかを燃やしていたんです。江戸中期になって、やっと庶民が油を使えるようになりました。

【平松】油が生活の中に浸透していく過程と、油揚げが普及していく過程は、ほぼ同時進行だったということですね。

【山田】そうですね。奈良時代に実は、油で揚げるお菓子は唐や隋の文化として入ってきていたんです。でも結局普及しなかった。

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