わずか7文字に事業を凝集する理由

(左)手帳には水色のカバーをつけている。スマートフォンは手放せない。(右)秘書が用意する毎日の行動予定。

私は大学時代には放射線化学を研究し、この会社にも研究者として入りました。物理や化学では、どんなに複雑な現象でも、わかりやすい数式に置き換えられなければ評価されません。そのためか、私は「定量的に表現できないものは本物ではない」と考えるようになりました。複雑な事実についても、できるだけ短い言葉で表現しようと試みるのは、研究者としての癖でしょうか。

たとえば当社では「KAITEKI」という言葉を掲げています。これには「時を越え、世代を超え、人と社会、そして地球の心地よさが続く状態」といった意味を込めました。全社の売上高が約4兆円に上り、製品も石油化学から医薬品まで多岐にわたるなかで、我々はどこに向かうべきなのか。環境・社会課題の解決に貢献し、持続可能な社会を築いていくには、何をすべきなのか。オリジナルな言葉で表現したいと考え、私自身が知恵を絞りました。

どんなに複雑な事実でも、ポイントを凝集させれば、短い言葉に置き換えられるはずです。散文的な表現や冗長な文章はわかりにくいですし、人に訴えかける力も弱い。短文で表現しようと頭を巡らせることは、情報の整理や理解にも役立ちます。

必要な情報を凝集させたキャッチコピーは、普段の仕事にもたいへん役立つものです。そのことを実感したエピソードがあります。

2000年ごろ記録メディアを扱う子会社の社長だったとき、売上高約500億円、毎年約50億円の赤字事業の再建を命じられました。再建の条件は「1年後までに売上高利益率5%以上」。「達成できなければ事業から撤退する」とも言われました。そのとき私は10項目の事業計画をまとめ、旧約聖書の故事になぞらえて「十戒」と名付けました。

旧約聖書では軍隊に追い詰められたモーセが、海を割ってエジプトを脱出する故事が語られます。モーセがその後、シナイ山で神から授かるのが「十戒」です。モーセが海を割って危機を脱するシーンは何度も映画化されており、みなさんもイメージが湧きやすいと思います。

私が打ち出した事業計画「十戒」も、まさに絶体絶命の危機からの脱出を目論むものでした。幸い、外部への生産委託などを核にしたこの再建はうまくいき、収益は好転。利益率は目標の5%を大きく上回る15%にまで上昇しました。「倍返し」ならぬ「三倍返し」です。自分たちの置かれた状況を「十戒」という言葉でわかりやすく表現したことで、現場が奮起し、事業計画が滞りなく実施されたのだと思います。

またこの数年、スピーチをする機会が増えたのですが、その際にも事前に骨格となるキャッチコピーを書き出すようにしています。