人はランダムな出来事に規則性を求める

だが実際には、シャッフル機能にカラクリはなかった。アップルの開発者は「完全にランダムだよ」と言い切った。さらに著者は、テンプル大学の数学教授にアドバイスを求めた。その数学教授は、シャッフル機能が示す不思議な現象を聞かされても、驚くことなく次のように答えたという。

「人間はしばしば、本当はランダムな出来事から何らかのパターンを読み取ったり、ときには無理矢理こじつけたりするものなんです」

なんとびっくり。iPodの陰謀のように思えた奇妙な現象は、じつは人間の側が勝手に読み込んだパターンに過ぎなかったのだ。ランダムな並びのなかに何らかのパターンを読み取ってしまう。偶然性のなかに規則性を見出してしまう。こうした人間の性向は、前回取り上げた「無知の無知」という話と深く関わっている。というのも、パターン認識は、パターンに含まれないものを無視することで、いっそう強化されていくからだ。

パターン認識について、もう少し掘り下げて考えてみよう。

ノーベル経済学賞を受賞したダニエル・カーネマンの『ファスト&スロー』(早川書房)によると、人間の思考経路には、「速い(ファスト)思考」と「遅い(スロー)思考」の2種類があるという。「速い思考」は直感、「遅い思考」は理性と考えて差し支えない。暗闇で物音を聞いて逃げ出すのは直感的判断によるものであり、納期に遅れないように適切なスケジュールを組むのは理性的な思考が働いているからだ。

iPodのランダムな再生からパターンを読み取ってしまうのは、当然、直感の働きによるものだろう。理性を使えば、同じアーティストの曲が続けてかかったり、時間内に複数回かかったりする確率を割り出すことはできる。でも、iPod神秘主義者は、そんな計算をすることなく、直感的にパターンを読み込んでしまったのだ。

もちろん直感には、たくさんの取り柄がある。「速い思考」という言葉が示すように、瞬時の判断に長けているし、自動的に作動するので脳の負担も軽い(カーネマンは「速い思考」を「自動操縦モード」と言い換えている)。それゆえ、日常生活の大部分は、直感を頼りにして営まれている。私たちがテキパキ料理したり、スポーツを楽しんだりできるのは、ひとえに直感の賜物だ。

でも、こうした直感の長所は、その欠点と紙一重でもある。というのも、パターン認識のような直感的判断は、速いがゆえに誤りやすいからだ。そして、誤った直感的判断はいともたやすく「認知バイアス」に転化してしまう。

「認知バイアス」といっても、難しい話じゃない。要するに根拠のない偏見や思い込み、決めつけのことだ。iPodのシャッフル再生には何か企みがあると思い込むのも認知バイアスだし、人種差別や民族差別も認知バイアスにほかならない。