価値観が多様化し、仕事の領域が新しい展開を見せつつある今、現状に満足していたのでは周囲に後れをとってしまうかもしれない。変化のただ中にあって、私たちは何をどのように学び、身に付けていけばよいのだろうか。東京大学大学院の山内祐平教授に聞いた。
この人に聞きました
東京大学大学院
情報学環 学際情報学府教授
山内祐平(やまうち・ゆうへい)
Profile
大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程中退。茨城大学助教授、東京大学大学院情報学環准教授などを経て2014年から現職。「学習環境のイノベーション」をテーマに、教育学・デザイン論・教育工学・認知科学などの知見を基に研究する。近著に『インフォーマル学習』(ミネルヴァ書房 2016年)など。
 

今と未来を見据えたデュアルな戦略が重要

スマホやタブレットで世界中の人とつながり、ロボットがおもてなしを引き受け、AIが医師に代わって病状を診断する──この10年間で社会は目まぐるしく変化し、働き方も大きく変わりつつある。

「これまでは何か一つ、これという強みがあれば、生涯働くことができました。けれど次々とイノベーションが起きる現代では、知識はあっという間に古びて、通用しなくなってしまいます。今後はさまざまな仕事の担い手がロボットやAIに置き換えられ、その一方で予想もしていなかった新たな産業が生まれてくるでしょう」

学習環境のデザインを専門とする東京大学大学院情報学環の山内祐平教授は、ビジネスウーマンが置かれる状況をこう分析する。

「この劇的な環境変化に対応できるのは、『次の10年』を見据えて強みを磨いてきた人たち。常に新しい強みを身に付け、時代に合わせて働き方そのものをシフトしていく──それこそが、社会に出てからも学び続けるべき最大の理由です。これからの学びは、“今”と“未来”、デュアルの戦略が必要なのです」

新しい時代の働き方の方向性を示し、主体的に動く重要性を示した『ワーク・シフト ─ 孤独と貧困から自由になる働き方の未来図〈2025〉』(リンダ・グラットン著、池村千秋訳、プレジデント社)。

自分が持っているスキルを最大限に発揮しながら、同時に次のキャリアを見据えて新しい知識を学んでいく。その過程で山内教授はリンダ・グラットンが著した『ワーク・シフト』に登場する「専門的技能の連続習得」というキーワードに着目する。

「新しい知識を学ぶとき、まったくのゼロから学び直すのは難しい。今の専門性と重なる『隣の分野』に軸足をずらす──つまり知識を連続させていく方法が効果的です。例えば広報の仕事をしているなら、それまでに得た専門知識を生かしてデジタルマーケティングの知識を習得していく。現在の仕事の延長線上であれば、業界に起きる変化を想像しやすく、素地があるから新たな専門性も習得しやすい。まったく知らない分野に飛び込むのではなく、知を連続させるのが重要です」

世界トップクラスの知識がすべての人に開かれたものに

本格的に学ぼうとすれば社会人大学や留学などの選択肢が挙がるが、仕事や育児をこなしながら、学習も並行してやり遂げるのは並大抵の努力ではできない。通常業務を休んだり、セーブしなくてはならない場面も出るだろう。誰もがそこまで学びに時間と資金を投資できるかといえば、現実的には難しい。

「とりわけ女性は出産や育児などのライフイベントもあり、可処分時間が少ない。学びの時間を確保するのも簡単ではありません。だからこそ、効率的な手段を活用すべき。その一つが、世界的な学びのトレンドになりつつあるグローバルMOOC(大規模公開オンライン講座)です」

MOOCとは、2012年にアメリカで始まったオンライン学習サービスである。ハーバード大学やマサチューセッツ工科大学など、世界トップクラスの大学の講座を、いつでも自由に受講できるという方式が人気を呼び、瞬く間に広がった。

「グローバルMOOCの二大プラットフォームは、スタンフォード大学などが参画する『Coursera(コーセラ)』と、ハーバード大学などが参画する『edX(エデックス)』。ビジネス系のコースも充実していて、例えばビッグデータを使ったマーケティングを10週間で学ぶコースはかなり本格的です。もし企業内研修で同じ内容を学ぼうとすれば数十万円にはなるでしょう。しかも今、こうした授業を活用しているビジネスパーソンは増えているのです」

動画での講義は再生速度を調整でき、辞書を引きながらじっくり学べるので、日本人でも十分に授業を追いかけられる。英語が苦手なら日本独自のMOOCを利用するのもいいだろう。ラインアップされている講座タイトルを見るだけでも、今、どんなテーマに注目が集まっているのかを探るヒントになる。

オンラインと対面を効果的に併用していく

本格的なオンライン学習サービスの普及で、学びのチャンスは格段に広がっている。働きながら、また自宅で子育てや介護をしながら、最先端の知識を学ぶことができる。

「ただし、オンラインだけで学べることには限界があります。新しい専門領域をいち早く物にするには、オンラインと対面学習の併用が効果的です。まずオンラインでの勉強で基礎知識を身に付けてから、実際に大学で講義を受けたり、興味・関心を同じくする仲間と交流するといったステップを踏めば、より深い理解が得られます」

常に情報がアップデートされるオンラインは、時代の最先端を学ぶのに最適だ。自分のペースで何度も繰り返し学習するのにも向いている。一方で対面での交流は、他者の考え方に耳を傾け、意見を交わすことで新たな発見が得られるという特長がある。興味・関心を同じくするメンバーとの交流会は、仕事をうまく進めるうえでのノウハウやコツを教わったり、ビジネス上のコネクションの構築にも役立つだろう。

「5年前まで専門的な知識は一部の人にしかアクセスできませんでしたが、今はすべての人に開かれています。これからはやる気さえあれば誰でも高度な知識を得られる時代。うかうかしていると、あっという間に若い人たちに追いつかれてしまうでしょう。これからも社会で活躍していくために、未来を見据えた学びを習得してほしいと思います。そうやって新しい学びに取り組む女性たちの姿が、次世代の道しるべとなるはずです」

学びを効果的に組み合わせる

オンライン
いつでも、好きな時間に学習できる

Coursera(コーセラ)やedX(エデックス)をはじめ、著名な大学の講義を受講できるMOOCの普及によって、好きな時間に、好きな場所で、高度な知識を手に入れることが可能になった。

 

対面での学び
出会いで、より理解が深まる

Facebookで知り合った人たちによる勉強会や、同じ業種の人たちの交流会などが活発に。新たなジャンルに挑戦したいとき、一定の経験や知識を有した人たちから、より実践的な助言や気づきを得られる。

 

Edit=Embody Text=佐藤紀子 Photograph=木村 基