停電時にはパソコンも使えないため手書きで名簿を整理しながら状況を把握していった。
写真を拡大
停電時にはパソコンも使えないため手書きで名簿を整理しながら状況を把握していった。

早期復旧を果たせたのは、日立事業所の社員の力だけではない。外部からの応援も復旧の原動力となった。

件の電源立ち上げ作業。作業が行えるのは、地元の電気設備業者だった。

事業所の設備やインフラを担当する生産技術部の江尻一彦部長が、そのときの様子を振り返る。

「自家発電機を動かすにはケーブルの繋ぎ込み工事が必要。でも電話が通じず、専門の工事業者の方と連絡が取れない。自宅のほか、実家や奥さんの実家まで地図で調べて、『もしそれでもダメなら避難所へ行け』と指示して所員を送り出しました。幸いご自宅にいたので、すぐ工事をお願いできました」

協力会社の力が、さらに大きく発揮されたのは、機械設備の復旧作業である。日立事業所には、大型クレーンだけで約270台、主要な工作機械は486台もある。これらの全数チェックが行われた。工作機械の復旧は5つのステップを経る。まず生産技術部と外部の工作機械メーカーが、(1)電源投入の可否確認、(2)機械の動作確認、(3)水平・垂直レベルの精度確認を行って、各製造部門に引き渡す。(4)製造部門が再び動作確認を行い、(5)テスト加工をして、完了となる。

インフラや機械設備の復旧に駆けつけた会社は、日立のグループ会社、工作機械メーカー、インフラの工事会社など、合わせて90社410人に及ぶ。

「応援に来た日立のグループ会社の中には、自分たちが被災しているところもあった。それでも親会社、長男会社の危機に際して、応援に駆けつけてくれて、非常にありがたかった。また取引先でも事業部長が社員を連れて駆けつけてくれた企業もあった。こうした支援がなかったら、こんなに早くは立ち上がらなかった」(南副事業所長)

批判されることも多かった日本の系列取引や下請け関係。危機に当たっては、互いをよく知るこの長期的な取引関係が、威力を発揮した。

南副事業所長に「ヒーローはいますか?」と尋ねてみた。「ヒーローはいません。あえて言えば全員がヒーロー」。即座に答えが返ってきた。