“ここ一番”の手紙は深くお辞儀をするような緊張感で

たとえば本当に申し訳ないことをしてしまったときなども、お手紙で「ごめんなさい」の気持ちを伝えるほうがいいかなと思います。私も中学の頃、部活でかなり悪いことをしたようで顧問の先生にひどく怒られました。そこで何枚にもわたって反省文を書いたら、すごく褒められて(笑)。きちんと反省して誠実に謝ることが大事なのだと学びました。

時には自分がそんなつもりで言ったわけではなくても、相手を傷つけてしまうなど、気持ちの行き違いで誤解を招くこともある。『ツバキ文具店』の中でも、断りの手紙や絶縁状を書いてほしいという依頼が来ますが、そうした否定的な気持ちを伝えなければいけない場面でも手紙が活躍する場はたくさんあると思います。

私自身も“ここ一番!”と勝負をかける手紙を書くときは緊張感がありますね。深くお辞儀をするような感じで、きちんと背筋を伸ばして書かなければいけないので、万年筆を使います。

仕事の区切りで編集の方にあらためてお礼を伝えたいとき、今回のように初めて書店員さんたちに宛てた手紙も下書きを重ねて書きました。

刊行直前の3月末、書店員さんに宛てた手紙。ちょうど桜の時期で薄紅色の便箋に書いた。

勝負手紙を書くのは仕事の場が多いので失敗は許されず、一度きりで言い訳もできません。依頼状など簡潔で事務的なものでも、手書きであれば、より真剣さも伝わる気がします。誠実な気持ちが相手に伝わることが大事で、それはラブレターでも依頼状でも変わらないと思うのです。

小川 糸
作家。デビュー作『食堂かたつむり』が大ベストセラーとなり、2011年にイタリアのバンカレッラ賞、13年にフランスのウジェニー・ブラジエ小説賞を受賞。その他の著書に、小説『喋々喃々』『つるかめ助産院』『あつあつを召し上がれ』『サーカスの夜に』、エッセイ『ペンギンと暮らす』『こんな夜は』『たそがれビール』など多数。

歌代幸子=構成 冨田寿一郎、水野聖二=撮影