最先端の医療をやるためにアメリカへ

【田原】専門医の資格を取る前に渡米される。これはどういうことですか。

【豊田】もともとアメリカで脳外科医をやりたいと考えていました。アメリカでは、日本で行われていない脳外科の手術もできる可能性があるので。

【田原】たとえば?

【豊田】例えば、うつ病の手術ですね。うつ病では、セロトニンなどの物質が足りなくなります。そこで脳内のセロトニンを出す場所の近くに電極を埋め込み、少し刺激してあげる。するとセロトニンが出て、症状がよくなります。アメリカやカナダだと、こういった手術ができるんです。

【田原】最先端の医療をやりたくてアメリカに行ったわけだ。

【豊田】そうですね、脳外科はおおざっぱにいって、腫瘍や血管の手術をやりたい人と、外科的アプローチで脳の機能を治療、研究したい人がいて、私は後者をやりたくて渡米しました。

【田原】外科的アプローチで研究するって、どういうこと?

【豊田】研究を進めると、将来はたとえば動く義手や見える義眼をつくれる可能性があります。いま「右手で握れ」と念じたら右手が動きますよね。念じたときの脳波を計測して電気信号に換えれば、それに合わせて動く義手ができるかもしれない。目のほうも、光の情報を電気信号に変えて視覚野に送ると、直接見えるわけではなくても、ものが認識できるかもしれない。視覚野に送るときは、頭がい骨を外して脳の表面に電極のシートを直接置く手術をします。そういった手術をアメリカで学んで、将来的には日本に持って帰れたらと思ってました。

【田原】なるほど。アメリカでは、どこの病院に?

【豊田】ミシガンの病院で研究をしていました。外国人医師は、まず研究をして実績をつくり、それをひっさげて病院にアプライするのが普通なので。

【田原】何を研究していたのですか。

【豊田】てんかんの治療にからめて、音素と脳の関係を研究していました。音素の研究は、動く義手と似ています。ある音素を発音したときの脳波を調べることで、将来は声を失った人がスピーカー越しに話せるようになるかもしれない。実現できればおもしろいですよね。

なぜ、マッキンゼーに行ったのか

【田原】ミシガンの病院には何年いらしたのですか。

【豊田】1年半です。その後はコンサルティング会社のマッキンゼーに転職しました。

【田原】そこを聞きたかった。プロフィールを見て驚いたのですが、どうして医療の世界からいきなりマッキンゼーに行ったのですか。

メドレー代表・豊田剛一郎氏

【豊田】医師になってから、アメリカで学びたいという気持ちが募る一方で、日本の医療はこのままでは危ないのではないか、放ったままアメリカに行っていいのかという思いがどんどん強くなりました。ちょうどアメリカに行く前にマッキンゼーの人と知り合って、「医療を変えたいなら、うちにこないか」と誘われまして。渡米する前に筆記試験、渡米後に面接を受けたら採用が決まって、転職したという流れです。

【田原】ちょっと待って。少し整理させてください。まず、日本の医療が危ないというのはどういう意味ですか。

【豊田】システムとして破綻しています。いま医療費は約40兆円です。そのうち約4割が税金、約半分が我々の支払う保険料で賄われています。患者さんが払うのは4兆円で、全体の10分の1です。今後、高齢者の増加で医療費は間違いなく膨らんでいきます。一方、それを支える現役世代は減っていく。では、システムを維持するために、若い人の給料から年間数百万円も取ることが許容されるのか。それは無理ですよね。このままではいずれ立ち行かなくなる仕組みなのです。

日本の医療はもう限界だ

【田原】少子高齢化だけじゃなく、医療技術が高度になってお金もかかるから、二重三重に厳しくなりますね。

【豊田】現場も限界です。昔は、ある病気を治すにはこの薬というように治療法も限定されていたのですが、いまは検査や治療法の選択肢が増えて、昔の何十倍も覚えなきゃいけないことがある。IT化で昔より効率化されている部分もありますが、それ以上のスピードで仕事量が増えています。

【田原】医療の問題は昔から指摘されていました。なぜ改革できないんだろう。

【豊田】結局、正解がないのです。たとえば医療費でいえば、「現役世代はこれ以上負担できないから高齢者の医療は打ち切れ」という人もいれば、「医療はお金に関係なく最高のものを多くの人に提供すべきだ」という人もいる。みんなが同じ価値観で動けないから解決策も打ち出せない。

【田原】正解がないといえば健康寿命の問題もある。これまで医者の役割は、患者の寿命を少しでも延ばすことでした。しかし、実際に寿命が延びると、健康じゃないのに生きているだけでいいのかという問題が出てきた。最近は胃ろうを断る人も増えています。

【豊田】昔は医療でできることをすべてやることが患者さんやそのご家族の幸せとイコールでした。でも、医療が進歩した結果、そこにズレが生じてきた。脳外科にいると、手術で意識はなくなるけど命は助かるというケースに直面することがあるので、その問題はいつも考えていました。