人生は長さだけではなく質も問われる

三宅義和・イーオン社長

【三宅】なるほど、バスケットを見る目が違ってきます。さて、『スラムダンク勝利学』ですが、「井上雄彦さん原作の『スラムダンク』は、単なるスポーツコミックを超えた哲学書だ」と先生はおっしゃっています。その考え方に共鳴されて書かれたということなのでしょうか。

【辻】大学時代はもちろん、バスケットボールは青春を懸けてやっていましたが、プロになれるような選手ではありませんでした。そのまま北大医学部を卒業し、慶應義塾大学病院の内科医になり、31歳まで勤務しました。

その頃、僕の人生を変える大きなきっかけがありました。パッチ・アダムスというアメリカ人医師の半生を描いた映画を観たのです。ロビン・ウィリアムズの主演で、赤い鼻を付けて、子どもたちを喜ばせるシーンが印象的でした。テーマは「クオリティ・オブ・ライフ」、人生の質という大きな課題でした。

質ということについては、それまであまり意識していませんでした。でも人生には長さだけではなくて、質というものがある。1日にしても24時間だけど、やはり質がある。そのことに気づいたのが、目から鱗というか、衝撃的だったですね。

そこで、「人生の質を高めることを応援する仕事をしたい」と、思うようになったのです。患者さんを助けるのも、もちろんクオリティ・オブ・ライフの向上ですが、そうでない元気な人たちもみな人生の質を上げていきたいはずだと。そのとき、質を決めるのは心だなと思ったのです。あらゆるシーンに存在している心、そこの存在がもっと明確になれば、質の存在ももっと明らかになるのではないかと考えました。

その際、どこに僕の専門性が生かせるかなと探してみると、出会ったのがスポーツ心理学。いまでこそ、テニスの錦織圭選手も、フィギュアスケートの羽生結弦選手もメンタルトレーニングを受けているわけですけれども。当時ははっきりしていませんでした。

そこで僕は、日本のスポーツ心理学会に行ってみました。しかし、どちらかというと学者の方が多い。一方、アメリカには、応用スポーツ心理学があって、いろんなシーンでの実践学でした。スポーツだけでなく、音楽家とかウォールストリートのトップビジネスマンのメンタルトレーニングとかもやっている。僕のライフワークはこれだと思いました。

ただ、それを日本で展開するにしても、やっぱり心の話をストレートに言いすぎると日本では怪しく思われてしまう。そこで、僕の大好きなバスケットボールをテーマにしたコミック『スラムダンク』がすごく流行っていたので、これをテキストにしてメンタルトレーニングしたら、みんな振り向くのではないかと思ったわけです(笑)。