その成否が、リタイア後の人生を大きく左右する退職金の運用。失敗しないポイントはどこにあるのか──。独立系ファイナンシャルプランナーとして、ライフプラン、マネープランの個人相談にも力を注ぐ黒田尚子さんに聞いた。

「遺す」「備える」「使う」
三つに分けて考える

──金融市場の動向も含め、近年のお金を取り巻く環境について、どのように見ていますか。

黒田尚子(くろだ・なおこ)
CFP 一級FP技能士 消費生活専門相談員
日本総合研究所に勤務後、1998年ファイナンシャルプランナーとして独立。個人向けの相談業務、セミナーの講師、各種メディアでの執筆などを幅広く行う。消費者問題にも詳しい。また、自らの実体験をもとに、がんをはじめとした病気に対する経済的備えの重要性を訴える活動を行う。

【黒田】皆さん実感しているとおり、一言でいえば先行きの不透明感が増しています。株や為替への投資についても、急に有利なタイミングが訪れたり、その逆に振れたり、プロでも予測は難しい。そうなるとやはり、退職金の運用についても目先のことにとらわれない長期的な視点が求められます。しかし実際に数千万円というお金を手にすると、すぐに何かしなければならないと思ってしまう人が案外少なくありません。運用の手段や選択肢は多様ですから、まずは落ち着いて将来をイメージしてほしいですね。多くの銀行では一定期間金利が優遇される退職金用の定期預金なども用意しています。そうしたものも利用しながら、長期分散投資を基本にして自分や家族に適した運用方法は何かを考えてほしいと思います。

──具体的には、どのような手順で考えていくといいでしょうか。

【黒田】資産を「遺す」「備える」「使う」の三つに分けて考えることをお勧めします。子供たちのために確保しておきたいお金、いざというときのためのお金などを試算してみる。子供の結婚や住宅購入への援助、自身や家族の病気への備え、自宅のリフォーム費用などいろいろあるでしょう。

特に退職金を受給する世代の方たちは、例えば急に親が介護状態になるなど、まとまった金額が必要となる場面も増えてきます。すべてを予測することはできませんが、やはりある程度シミュレーションしておくことが大事です。「いつ」「何のために」「いくら」のお金が必要かを検討するのです。その上で、何年後に、何%の利回りを目指すか──。これに答えられるようにすることが、退職金運用の第一歩です。

──高所得者層でも老後破綻に陥るケースが少なくないという指摘がありますが……。

【黒田】年収1000万円以上の方でよくあるのが、教育費と住宅ローンの負担がとても大きくなっているケースです。さらにクルマ、洋服、小物などにもお金をかけているため、高所得でありながらキャッシュフローはぎりぎり。自転車操業のような状態になっている場合があります。すると貯金もできていないため、いざ定期的な収入がなくなると家計が回らなくなってしまう。退職金を数年で取り崩してしまうという話は珍しくありません。その意味では、40代、50代のうちから投資などになじんでおくことも重要。退職時に、投資の経験やノウハウを持っているか、いないかで、その後に大きな差が付きます。

情報開示の姿勢は事業者を見極める鍵

──投資というと、すぐにリスクが頭に浮かぶという人もいます。

【黒田】「リスク=危険」と思いがちですが、金融の世界におけるリスクとは、投資した結果得られるリターンの幅の可能性、つまり不確実性のこと。プラスもマイナスも両方あり、単に避けるべきものではありません。ただ、日本においては投資の成功体験を持つ人がまだまだ少ない。これは、金融庁が出している「平成28事務年度 金融行政方針」などでも指摘されています。だからどうしても、「リスクが怖い」となってしまうのだと思います。実際、各国の家計金融資産構成比を見ても、日本は「現金・預金」の占める割合が50%超。これが英国では25%以下、米国では14%以下です(グラフ参照)。


FRB、BOE、日本銀行資料より、金融庁が作成したもの。

──そうした中、個人にとって大事なことは何でしょうか。

【黒田】基本的なことですが、投資は単にお金を増やすためだけではなく、よりよい将来を築くためのもの、という意識を持つことだと思います。現役のビジネスパーソンには、将来のスキルアップのために資格を取る勉強をしたり、英語を学んだりする人も多いでしょう。いわゆる自己投資ですが、資産の運用もそれと同じです。だから先ほどお話ししたとおり、「いつ」「何のために」「いくら」といった目的、目標も必要になります。

──目指す将来の姿によって、やるべきことは変わってくるわけですね。

【黒田】そのとおりです。例えば世の中にはいろいろな保険があって、それに入る人もいれば、入らない人もいる。重要なのは、先のことをしっかり考えて、入るか、入らないかを決めること。例えばがんに罹ってから、がん保険に入っていなかったと後悔しても遅いですが、熟考の上で入っていなかったのであれば、それは一つの選択です。お金は、命の次に大切なものともいわれます。投資をするか、しないか。何に投資するか。やはり将来を思い描いて、自分の頭で考えることが大事です。

──最後に、金融機関や不動産会社などの事業者の見極め方についてアドバイスをお願いします。

【黒田】情報開示を積極的に行っているか。一つには、これがポイントです。一般に、投資には手数料などがかかりますし、当然ながらリスクもある。自分の頭で考えるといっても、そうした情報が得られなければ正しい判断はできません。事業者と投資家の情報の非対称性は重要な課題で、国もその是正に力を入れているところです。ですから、投資に際して分からないことがあればどんどん質問をする。それにマイナス面も含めて誠実に答えてくれるかどうかを事業者を見極める基準の一つにするといいでしょう。

繰り返しになりますが、経済や金融市場の先行きは、今、極めて不透明です。退職金の運用についても、受け身の姿勢だけで対応するのは難しい。前向きな行動が求められます。人生80年、90年の現在、長期的な視点で退職後の人生設計を立て、それを支えてくれる事業者を見つけてほしいと思います。