開発陣が目指した「AWDでも世界一」

マツダ取締役専務執行役員の藤原清志氏。

藤原は開発陣に言った。

「AWDでも世界一になれ」

こうして八木をはじめとする開発陣の目ざすべきものが明確になっていった。

四輪に常に駆動力をかけている状態にすると、そのために必要な機構を作動させなければならず、そこからエネルギーの損失が生まれる。常に四輪を駆動させること自体が目的なのではない。開発陣の目的は、四輪すべてから接地面におけるタイヤのスリップをなくす、AWDのためのメカニズムはあくまでも、そのための手段にすぎないのだ。

したがって、開発陣が目ざしたのは、各タイヤに必要な駆動力を必要なだけ与えるメカニズムの開発だった。

マツダ車の場合、基本的にFFのメカニズムをベースにできあがっている。したがって、AWDもこのFFのメカニズムが基本になる。そこで、彼らは改めて、FF時における前輪のスリップを解析した。

その結果、前輪はドライバーがそれを感知していないときでも、微小なスリップ現象を起こしている、走行中にこの現象を検知し、必要に応じて即座に後輪に微小な駆動力を加えてやれば、スリップを防げることを、彼らは突き止めた。ただし、こうした現象の検知とそれに対応した車両の統合的な制御のための演算は、すばやくというより、瞬時に行なわない限り、意味がない、役に立たない。そこでマツダはこの演算の頻度を、毎秒200回に設定、現実にその技術を開発した。これを時速30キロで走行中のクルマに当てはめると、車両がわずかに約4センチ進むごとに、新たに演算と制御をしていることになる。

理論や考え方がわかれば、残るはそれを実現する機構やユニットの開発だ。

FFの駆動装置を基本にした場合、エンジンやトランスミッションなどの駆動装置はすべて横置き(クルマの進行方向に対して直角)になっているため、後輪に駆動力を伝えるためには、まずパワー・テイク・オフ(PTO)という装置で駆動力の方向を横からタテに変換する。そしてPTOにつながるプロペラシャフト(推進軸)の先に後輪に適切な駆動力(0パーセントから50パーセントの範囲)を伝えるための電子制御カップリングというユニットを配し、さらにその駆動力を左右の後輪に配分するリア・デファレンシャルギア(差動器)が必要になる。

マツダはこれらのAWDに必要な機器をすべて新開発した。その狙いは小型軽量化と高効率化だった。開発陣にとって運がよかったのは、クルマのすべての要素を同時並行的に一新するというスカイアクティブ技術の開発環境の恩恵をそのまま受けられたことだった。具体的には、従来型の機器を一切踏襲することなく、可能な限り自由な発想をとり入れた設計ができたために、軽量化についても、CX-5以前に販売していたほぼ同クラスのCX-7と比較して、以下のような成果を得た。PTOは従来比55パーセント減。電子制御カップリングユニット34パーセント減。リアデファレンシャル46パーセント減。プロペラシャフト40パーセント減。