早足で歩いて「脳に血を回す」

脳の機能と歩行には密接な関連があります。ゆえに歩行によって認知症のサインを知ることができるわけですが、逆に、歩行によって認知症を遠ざけることもできます。健康のために歩くのが良いのは誰もが知っていると思いますが、それは認知症に対しても言えることなのです。

脳は、基礎代謝量の20%近くのカロリーを消費します。そのためエネルギー源となるブドウ糖を十分に供給する必要がありますが、認知症になるとブドウ糖を脳に運ぶ血流が不足しがちになります。

では、脳への血流を増やすにはどうしたらいいのか――東京都健康長寿医療センターの老化脳神経科学チームは、歩くことで血流が増えるメカニズムを解明しています。歩行は「アセチルコリン」という物質の分泌を促し、それが脳の血管を拡張し血の巡りを良くするというのです。

さらに、この「アセチルコリン」には神経細胞のダメージを軽減する働きもあり、若さや老いに関係なく作用することが確認されています。「歩くだけで認知症が予防できる」と聞くと不思議な感じがしますが、こうしたメカニズムを知れば「なるほど」と思えるのではないでしょうか。

ただ、認知症を予防する歩き方にはちょっとしたコツがあります。(1)少なくとも週90分以上(1日15分以上)、(2)歩幅を大きく早足で、(3)「ややきつい」と感じるくらいの強度で歩くことです。

特に「歩幅を大きく」は大切なポイントで、速く歩こうとすると体勢を安定させようと無意識に歩幅は小さくなりがちです。そこを意識して大きな歩幅にすることで少し負荷がかかり、脳の活動が活発になります。

距離だけでなく「速度」計測を習慣に

万歩計などで、歩数や距離を計測している人は多いと思います。一方で、「歩幅を大きく歩く」ことを習慣化するには、日頃から「歩行速度の計測」を意識して習慣化するのが効果的です。そこで、たとえば毎日歩くルートがあるのであれば、歩行速度を計算してみてはどうでしょう。今は、歩数や距離だけでなく、速度まで計測できる万歩計やスマホのアプリもあります。

速度の計測は、認知症の早期発見にも重要です。認知症を恐れるあまり医師の診断を受けるのが遅れてしまっては元も子もありません。認知症は早期段階(軽度認知障害MCI)であれば元通りに回復できる可能性があること、また進行を遅らせる手立てがあることも知っていただきたいと思います。

日本の平均寿命は男性80歳/女性87歳ですが、75歳を超えると認知症の有病率は急激に高まり、90歳を超えると男性36%・女性52%以上が認知症になるという統計もあります。認知症は決して他人事ではありません。日々の生活に意識的に歩く運動を取り入れることで、認知症を含む健康の維持管理に関心が持てれば、素晴らしいことではないでしょうか。

椎名一博(しいな・くにひろ)
1954年生まれ。東京大学工学部都市工学科卒。三井不動産株式会社を経て、千葉県柏市にまちの健康研究所あ・し・たを設立、所長に就任。2016年には健康寿命デザイン株式会社を設立し「日常歩行速度の無意識下の自動計測」を実用化、認知症予防・虚弱化予防の効果と再現性の検証を進め、健康寿命を延ばす科学的方法論の確立を目指している。著書に『長生きできる街づくり』(共著、千葉大学予防医学センター編、PHPパブリッシング)、「さらば!超高齢社会悲観論」(東洋経済新報社)。最新刊『歩くだけで健康寿命を延ばす! 認知症にならないための歩き方』(幻冬舎)では、歩行速度と認知症の関係について様々な学術データを基に、老後を健康に充実して生きるヒントとノウハウを提案している。
(渡辺一朗=構成・撮影)
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