街中に常にリズムがある国、キューバ。旅する者を魅了する社会主義国。受賞作『インパラの朝』でユーラシア・アフリカ大陸をバックパック一人旅で684日かけて回ったノンフィクション作家、中村安希さんがキューバの旅に誘います。

タバコ農園への道のりは長かった!

キューバ滞在も残りあと5日となったその日、私は奇抜な地形とタバコ農園で有名なビニャーレスという町に向かった。音楽漬けの夜型生活を少しばかり離れて、自然の中で体を動かし、きもちいい汗をかきたくなったのだ。それにもう一つ告白すると、英語の通用度が低い風変わりなこの国で、私はある種の飢えを感じるようになっていた。言葉が通じないもどかしさ、会話を深められない歯がゆさがあった。日々の発見やささやかな感動を、誰かと分かち合いたかった。

葉巻用のタバコの葉を栽培する農園。葉は、収穫後干しておく。

人気スポットのビニャーレスに行けば、きっと他の旅人にも出会えるだろう。そう見込んで向かったハバナのバス停で、私はさっそく旅人と出会った。オーストラリア人のリタとパトリック。2人は1年半の世界旅の途中とあって、話にはユーモアがあり、物腰には柔らかさがあった。

私たちはすぐに意気投合し、隣り合う民家に部屋を取った。食事時になれば声を掛け合い、タバコ農園や近隣の村へも一緒に散策にでかけたりした。そしてある朝、私たちはマウンテンバイクをレンタルすると、ビスケットと水をリュックに詰めて、山の方に向かってこぎはじめた。行き先も決めず、地図さえ持たず、好奇心だけを頼りに自転車を走らせた。農園とは名ばかりの雑木林に突っ込み、デコボコの山道を進んだ。道は何度も小川に阻まれ、そのたびに私たちは自転車を担いで水に入った。

山の中をさまようこと4時間、このまま進み続ければ遭難の危険もある、そんな心配が頭をよぎった次の瞬間、私は前輪のタイヤに嫌な感じを覚えて自転車を降りた。予感は的中。パンクだ。

「私だけここから引き返すよ」

2人の足手まといにはなりたくなかったし、パンクした自転車を押して先に進むのは、来た道を引き返す以上にリスクがある。しかし2人は、最後まで一緒に行こうと言い、自らも自転車を降りて押し始めた。2人は戸惑う様子もなく、面倒なそぶりも見せなかった。むしろトラブルを楽しむかのように、明るい冗談を飛ばし爽やかに笑った。いい予感がした。アクシデントを歓迎する「旅人スピリット」は、幸運を引き寄せる。経験から学んだ法則だ。