水戸岡鋭治

1947年、岡山県岡山市吉備津生まれ。65年岡山県立岡山工業高校工業デザイン科卒。72年ドーンデザイン研究所設立。建築、鉄道、街づくりなど幅広いジャンルのデザインに携わる。とりわけ、JR九州の車輌、駅舎を多くデザインし、高い評価を受ける。岡山の路面電車「MOMO」、和歌山の「たま電車」、富士急行の「富士登山電車」なども手がけ、水戸岡デザインの鉄道ファンは多い。国際鉄道デザインコンテスト「ブルネル賞」など受賞作品多数。近著に『電車のデザイン』(中公新書ラクレ)。


 

僕がJR九州の列車デザインを手がけるようになったのは、20年ほど前のことでした。1992年に走り出した787系特急「つばめ」(現在の「リレーつばめ」)では初めて内外装をデザインしましたが、ここで僕がイメージしたのはホテル。それまでの鉄道ではほとんど使われていなかった間接照明、自然木を使ったテーブル、ドーム天井などを用いました。

なかでも、一番の目玉はビュッフェでしたが、「採算がとれない」との声も多かった。でも僕は、「列車の中で食べた食事がおいしかったとお客さんが思えば、鉄道の旅は楽しかったと記憶してもらえる。だから食堂車は必要なんです」と訴えて納得してもらった。

「おいしい」には、舌の感覚だけでなく、空間やサービスや一緒にいた人など、すべてが含まれると思うんです。そして、その結果、またいつか乗客は乗ってくれる。それが経済なんだと僕は考えています。

「つばめ」以降、九州新幹線「新800系」を含め、僕が目指したのは、上質なもの、伝統的に価値あるもの、楽しいものを詰め込んでいくというデザインでした。だから、金沢の金箔や鹿児島の伝統工芸の職人たちが作る漆、彫金、蒔絵を採用する。コストを最大限に抑えながら、同時に椅子やテーブルの材質には本物を使う。それらはすべて、さまざまな人が乗る公共空間だからこそ最高の質を求めて、鉄道の旅を楽しいものにしたかったから。旅の贅沢を味わってほしいのです。

そうした仕事の合間に訪れたのが、人吉の「茶びん」です。ひとり新聞を読みながら、30分ぐらいかけて、いつも決まってチャーハンと酢豚を食べる。ともに子どものときに食べたような懐かしい味がして、心が落ちつきます。

大分の「方寸」は、学びの場です。食事とそれをとりまく環境を盗みにいく。料理、洒落た器、盛りつけ、サービス、洗練された空間。すごく参考になります。

地方の活性化のためにはローカル線が大切です。豊かな田舎を生かさないと日本に未来はない。車輌と駅舎のデザインから始まる町づくりもあるのではないでしょうか。限られた予算でも、アイデアと手間ひまで「正しいデザイン」はいくらでもできる、僕はそう信じています。