サッカー女子W杯ドイツ大会で優勝した、女子日本代表(通称、なでしこジャパン)。その強さの秘密はどこにあるのか。藤原和博氏が佐々木則夫監督に迫る。

【藤原】このたびはW杯の優勝、おめでとうございます! 決勝戦は凄まじかった。

大変失礼かもしれませんが、なでしこジャパンが決勝戦に臨む前、多くの人は、よくここまで頑張った、と思っていた節があります。つまり、今まで24試合やって一度も勝ったことがない相手(W杯決勝までのアメリカとの対戦成績は、日本の3分け21敗)に勝てるわけないけれども頑張ってほしい、と。

敵陣で奮闘する澤穂希選手(FIFA/Getty Images=写真)。

敵陣で奮闘する澤穂希選手(FIFA/Getty Images=写真)。

【佐々木】戦績を見るとそう思われても仕方ないかもしれません。でも、私は勝てるチャンスが巡ってきた、と思っていました。今回のW杯では、アメリカはいまいち力を出し切れていなかった。逆に我々は、一戦一戦、力を高めていて非常にいい状態でした。ただアメリカは決勝では非常にいいコンディションでした。そこの算段は少し違っていましたね。

【藤原】決勝前半のアメリカのすごい猛攻。私は0対4で日本が負けてしまうのではないか、とハラハラしていました。

【佐々木】試合が始まってしばらくは、とにかく耐えろ、と指示していました。でもこの猛攻は長くは続かない、とも思っていました。あの攻撃を受けて失点しなかった時点で、我々にいい巡り合わせがきていたんです。

ワールドカップの優勝トロフィーを高々と掲げる佐々木監督と澤選手(ロイター/AFLO=写真)。

ワールドカップの優勝トロフィーを高々と掲げる佐々木監督と澤選手(ロイター/AFLO=写真)。

【藤原】そしてPK戦にもつれこんだ。監督はPK戦の前に円陣を組んだ中で笑っていました。日本中が深い印象を受けた。選手をリラックスさせようという作戦だったんですか?

【佐々木】あれは作戦ではなく思わず出たものです。猛攻に耐えて2度も追いつくことができた。しかも2点目の澤穂希(ミッドフィルダー)のゴールは神業でしたし、最後のアメリカのフリーキックも小さな体の岩渕(真奈、フォワード、チーム最年少)が身を投げ出して防いだ。おまえたち、こんな素晴らしいところまでよくきたな、と。強敵アメリカを相手にPKまでこれた。本当によくやった、というその気持ちだけでした。それが自ずと笑顔になって出たんです。

【藤原】それであんなに自然な笑顔だった。

※すべて雑誌掲載当時

【佐々木則夫●サッカー日本女子代表(なでしこジャパン)監督
1958年生まれ。帝京高校で日本高校選抜主将。明治大学卒業後、NTT関東サッカー部(現・大宮アルディージャ)でプレー。同チーム監督などを経て、2008年、なでしこジャパン監督に就任。10年アジア大会優勝、11年女子W杯ドイツ大会優勝。

【藤原和博●大阪府知事特別顧問
1955年生まれ。78年、東京大学経済学部卒業後、リクルート入社。東京営業統括部長などを経て、同社フェロー。2003年、東京都初の民間人校長として杉並区立和田中学校校長に就任。08年退職後、現職。東京学芸大学客員教授なども務める。

(田原英明(プレジデント誌編集部)=構成 上飯坂真=撮影 FIFA/Getty Images、ロイター/AFLO=写真)