なぜケンブリッジ飛鳥を社員に迎え入れたのか

【安田】ただ、税金を使っているのに、国の側はリターンを考えていない。厳しい言い方になりますが、水泳の飛び込みでメダルを取れたからといって、社会的な影響力は小さい。たとえば100メートル走であれば、ケンブリッジが活躍することで、その姿に子どもたちが憧れて外に出て駆けっこをするようになる。マラソンランナーも同様に増えれば国民が健康になる効果がある。そういう観点から強化費、助成金の使い方を見直すべきです。メダルの数だけで判断するのは、20年、30年前の東欧諸国の考え方。アスリートの側も補助金をもらい続けて金メダルを狙って、終わったら、ポイ捨てされる。競技に集中していたから、セカンドキャリアも何もない。その競技と選手の双方に焼け野原が残るだけ。

【弘兼】それがオリンピック至上主義の弊害ですか。

【安田】僕はスポーツを、経済効果があるものと、個人的に自腹で楽しむスポーツの2つに分類しています。そもそもアスリートというのは、お金が欲しくてその競技を始めたわけではありません。夢中になって取り組むのは、ただひたすらその競技が好きだった、もっと上手くなりたい、あるいは自己実現をしたい、人間性を高めたいなどの理由のはずです。ただ、高いレベルでそれをやり続けるには、職業としてやっていけるのか、自腹でやっていくかに分かれてきます。差別するわけではないですけれど、たとえば、なぎなた、剣道を続けてもお金は稼げませんよね。

【弘兼】片や、野球ならばプロ野球選手、サッカーはJリーガーというプロとしての道がある。

【安田】その競技で稼げるか稼げないか。本来、スポーツはこの2つしかない。ところがそこにオリンピックというものが介在して、税金が投入されることでややこしくなった。

リオ五輪陸上男子400メートルリレーで日本は銀メダルを獲得。アンカーとして走ったのがドームのケンブリッジ飛鳥選手(左から2番目)だった。(時事通信フォト=写真)

【弘兼】そんな中、安田さんはケンブリッジ飛鳥選手を社員として迎え入れています。企業としてのメリットをどう考えますか?

【安田】企業がスポーツをバックアップするときに、判断するのはマネタイズできるかどうか。つまり、金銭的なリターンがあるか。100メートル走には間違いなくリターンがあります。

【弘兼】マネタイズ、つまり収益に繋げられる、投資した金額に対して十分な見返りがあると判断したと。先ほどの社会的意義がある、国民の健康に寄与するということですね。

【安田】ええ。100メートル走というのは、アフリカ系人種が強い。そこに我々、アジア系人種でも十分戦えると思ってもらえれば、国民の気分は高揚する。アフリカ系人種以外で10秒を切った選手はほとんどいない。かつて伊東浩司さんは参考記録ですが、10秒を切ったことがあります。そう考えると、実はアジア系人種は足が速いのではないかと思っています。僕は5年ぐらい前から、ドームに所属する陸上選手で10秒を切ったら1億円を出すと言い続けてきました。そこにケンブリッジが入ってきただけなんです。彼が結果を残せば、同じように外国人の親を持つ子どもたちは大きな自信になる。それ自体に社会的効果があります。