口説き落とされても外様には壁がある

「テリーは自社に役立つ相手を口説くためには何でもする」

台湾の大手経済誌「今週刊」のベテラン記者はそう言うと、HP(ヒューレット・パッカード)の中国法人CEOやテキサス・インスツルメンツの高級幹部を経て、07年にホンハイに引き抜かれたテリー・チェン(程天、以下チェン)の話をしてくれた。

もとより、チェンは数十年前から台湾IT界のヒーローとして知られており、テリーはチェンに数十年越しの片思いを続けてきたという。

「ホンハイがまだ中小企業だった1985年、テリーは彼を自社の研修合宿に特別ゲストとして招き、下にも置かぬ待遇で意見に聞き入った。ホンハイの成長後も『恩師』であるチェンが会社を替わるたびに『次はうちに』とオファーを出し続けた」(前出ベテラン記者)

結果、ホンハイに加入したチェンは10年にFIH(Foxconn International Holdings)の副CEOに就任すると、わずか1年で7284億ドルの利益を叩き出し、低迷中の業績を急回復させた。これが評価され、12年1月にはFIHのCEOに上りつめている。

だが、その半年後、チェンは特に経営上の失策がないのに突然辞表を提出した。ホンハイ側は辞任の理由を「家族との時間を増やすため」と「健康上の問題」だと発表したが、真相はチェンがホンハイの社風に違和感を抱いたためだったようだ。

彼から直接、退職の理由を聞いた関係者と台北市内で会うことができた。

「社内では、テリーと家族同然の関係にある創業初期からの幹部が圧倒的に優遇されている。いくら高い業績を上げても、『外様』にすぎないチェンは居心地が悪かったようだ」

「加えて、ホンハイはガバナンスが希薄だ。独裁者のテリーの言葉で一切が決定されるからね。欧米系企業の秩序に慣れていたチェンには、馴染みづらい職場だったと聞いている」

チェン氏に取材を申し込むと「すでに引退した人間として、メディアに対して以前の雇用主の論評は行わない。いい点についても、悪い点についてもだ」と秘書を介して回答があった。